書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『素数たちの孤独』パオロ・ジョルダーノ/生きることが得意でない者たち

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素数たちの孤独』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★★

ハヤカワepi文庫 2020.11.8読了

 

ーロッパでは再びロックダウンが始まり、日本でも、ここ最近の感染者数の増加に不安が高まる新型コロナウィルスの蔓延。今年の初めに流行の兆しが見え始めてから、感染症に関する過去の小説がよく売れている。国内では小松右京さんの『復活の日』が良い例だ。私は、カミュ氏の『ペスト』、マンゾーニ氏の『いいなづけ』を読んだ。 

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 去の作品よりも、現在進行形で新型コロナを書いたエッセイ・ノンフィクションとしては、今は方方さんの『武漢日記』をよく書店で目にする。少し前までは、パオロ・ジョルダーノさんの『コロナの時代の僕ら』が爆発的に売れていた。そのパオロさんのデビュー作が、この小説『素数たちの孤独』である。刊行当時、イタリアで記録的なベストセラーとなり数多くの文学賞を受賞したようだ。

キー学校に向かう少女アリーチェは、寒さと緊張からいつもスキー服の中でお漏らしをしてしまう。それが、ある時なんと大きい方を漏らしてしまうのだ。すごい始まり方だなぁ、、と始めの数頁を読んで驚いてしまった。ある意味物語に引き込まれる。これ一体どんな話なんだろう、と。

リーチェはその失態を隠すがために大きな事故を負い、片足が不自由になってしまう。そしてもう1人、双子の妹が行方不明になっているマッティオ。彼はずば抜けた天才だが自傷癖があり他人と関わることが苦手だ。アリーチェとマッティオは自然と接点を持つようになり友情とも同志ともとれるような関係になる。2人を中心とした孤独を抱える者たちの哀しくも心打つストーリー。

々の章は時系列に並んでいるのだが、数年間が抜け落ちて空白となっている。そして、出来事の中でも大事なシーンや心境は文章によって書かれていないものも多い。読者にある程度の想像力が必要で、かつ色々な読み方が出来る作品だ。

数とは「1とその数自身でしか割れない数字」のこと。2人は世界にとってそんな存在なのではないか、とマッティオは気付く。孤独を抱えた登場人物たちがどのようにして生きるのか、希望を見出せるのか、先が気になりどんどん読み進められる。重苦しいテーマなのだが不思議と静謐で美しくもある。 

んなに期待していなかったのだけど、読んで本当に良かった。素晴らしい作品。いつまでも読み続けていたくなる、何より美しい小説。私が読書において大事にしている「読み心地の良さ」があり、好みにピタリと合う文体が読書時間を潤わせる。

さにハヤカワepi文庫に収められるべき作品だ。なんとも味わい深く、それでいて気品がある。どうしてepi文庫には優れた作品が多いのだろう。コロナのせいでパオロさんを知ったことは皮肉だが、ガイブン(外国文学)を知るきっかけは、なかなかないよなぁ。たくさんの人に読んでもらいたい作品だ。

 

『日日是好日 ー「お茶」が教えてくれた15のしあわせー』森下典子/日々の気付きを大切に

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日日是好日(にちにちこれこうじつ) ー「お茶」が教えてくれた15のしあわせー』 森下典子

新潮文庫 2020.11.6読了

 

日新聞が、本のための情報サイトとして「好書好日(こうしょこうじつ)」を運営している。たまに見ることがあるのだが、「好日」繋がりで思い出した。「日日是好日」とは、禅の言葉で「毎日毎日が素晴らしい」というのが文字通りの意味である。

木華さん、樹木希林さん主演の同名映画『日日是好日』がたまたまWOWOWで放送されていた時、ラスト30分程を観たのだが、なんとも心地良い作品だと感じた。日常の生活と情景がただゆるりと流れているだけなのに、空気感が美しく感じたのだ。演じている女優さんの存在も大きいだろう。樹木希林さんはもとより、黒木華さんも着物がよく似合う。

者の森下典子さんが、茶道を習った25年間の日々を想い出しながら「お茶」によって教わったものをエッセイ風に仕上げている。フリーライターなだけあり、誰にでも読みやすく気取らない文章。それにしてもお稽古ごとをこんなに長く続けられるなんて素晴らしい。もう、生活の一部になっている。

茶と聞くと、かしゃかしゃと泡立てたお抹茶、作法にもうるさく、何より正座が辛い、という印象を持つ人も多いだろう。私も子供の頃はそう思っていたが、年齢を重ねるごとに、おそらく味わい深く、茶道そのものが気品を表しているのだろうとは気付き始めていた。

だ想像していただけで、本当に「気品」であることはこの本により確信した。こんな薄い文庫本ではほんの一部しか知り得ないのだろうが、茶道のエッセンスがたくさん詰まっている。お茶そのものよりも、生き方全てに通じるもの。「日日是好日」も文字通りの意味よりも深い解釈がある。

はり、毎日の普通の生活が自分の生き方を形作っているんだなと改めて思う。特別なことは普通の日があるからこそ特別に見える。人は毎日、どんな天気でも、何があろうとも、考え方ひとつで楽しくなれる。1日1日を、何かを気付けるように大事に過ごしたい。

下さんがまだお茶を習いたての頃、三渓園で行われたお茶会で出会った老婦人。80歳を超えてもお婆さんと感じさせない凛とした美しい佇まい。姿形が美しいということではない。誰でも歳をとるわけで、歳を重ねるごとに、本来の美しさとは内面から表れてくるのだと思う。

『信長の原理』垣根涼介/法則にとらわれ続ける

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『信長の原理』上下 垣根涼介

角川文庫 2020.11.5読了

 

根さんの小説は、文学賞三冠に輝いた『ワイルド・ソウル』しか読んだことがない。それもかなり前で、おもしろかった記憶はあるものの内容はほとんど憶えていない。最近の垣根さんは歴史小説を書くことが多く評判も良さそうなので、読もう読もうと思っていた。

の作品は歴史小説第3弾だという。はてなブログで読者になっているダディ・ブラウン (id:pto6) さんと、くー (id:ap14jt56)  さんがほぼ同じタイミングでこの本を紹介されていて、気になっていた。やはり評判に違わずノンストップに楽しく読めた。信長の最期、本能寺の変まで。

国時代の武将の中でも人気のある織田信長を描いた歴史小説である。その奇行から「うつけ者」と呼ばれた信長ではあったが、戦術と国を統治する能力においては類稀なる才能に秀でていた。

(ここから先は少しネタバレするので注意!)

長が、戦う軍隊について「働き蟻の法則」に例えた垣根さんの視点には目を見張るものがある。働く蟻は、真面目に働く者は2割、なんとなく働く者が6割、怠けている者が2割という法則だ。これが武士にも当てはまるという。合戦で勝つためには全員を真面目に働く人物に仕上げれば、例え人数が少なくとも勝てるのだと。

れは現代の会社組織にも当てはまる。実際に会社を動かしているのは2割適度なのだ。会社だけでない、学校、部活動、サークル、スポーツのチームプレー、政党、そんなものにももしかしたら同じような法則があるのかもしれない。ここ数日、社内の人物を見渡したり、プロ野球をテレビで観戦しながら考えてしまった。

かし、2割だけを集めても、そのグループの中でまた法則が生まれることに気づく。蟻たちの数を真剣に数え続ける実験に、信長の執念が感じられた。その夜、ふと妻の帰蝶(きちょう)と交わす会話がなんとも味わい深い。時代は違えど、夫婦のあり方を考えさせられる。信長が「働き蟻の法則」について、何故そうなるかは「最後は神仏のみぞ知る」と言う帰蝶

の法則を中心にして、信長の圧倒的な人生が駆け巡る。従う武将らについても、キャラが上手く立っている。歴史小説愛好家ではないので、この小説が独創的なのかは正直わからない。ただ確かなのは、垣根さんの書く歴史モノはすこぶる読みやすいということ。元々現代小説が専門家だからか、登場人物のセリフもスマート、周りくどくなくストーリーも頭に入りやすいのかもしれない。

長を描いた王道小説といえば、山岡平八さんの『織田信長』だろうか。未読なのでいつかは読みたい。斎藤道三織田信長W主役の『国盗り物語』は司馬作品のなかでも抜群におもしろい。やはり戦国時代の話は深いよなぁ。人気があるのもわかる。著者により解釈も異なるのでテーマに欠くことは今後もないだろう。

国武将の1人、この作品にも登場する柴田勝家。彼と同じ名前の作家さんがいるのを最近知った。もちろんペンネームではあると思うけど、ちょっと気になる…。

『女の家』日影丈吉/女中のための家

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『女の家』日影丈吉

中公文庫 2020.11.3読了

 

影丈吉さんという小説家のことは、名前も作品も知らなかった。1991年に既に亡くなられた方であるが、泉鏡花文学賞を始めいくつかの文学賞を受賞したようだ。

座のとある家で折竹幸枝(おりたけゆきえ)がガス中毒死した。老刑事小柴と女中の1人乃婦(のぶ)が、交互に独白をするような構成である。これは純文学なのか、ミステリなのか。自殺か他殺かをめぐり小柴は推理し、乃婦は淡々と過去を語るが、これは純文学だと私は思う。

る社長の2号という立場である幸枝の家には、女中3人、子供1人、子供の家庭教師1人の6人が、社長の保護を受け暮らしていた。「どうしてこの人数で女中が3人も?」と意味不明だ。だって半分が女中なのだ。

人手を要するような人は誰もいないのに、なんとなく手のかかるのは、つまり私達がいるためで、いってみれば、この家の生活の大半は、私達に働かせるための儀式にすぎないもののようである。どうしてそんなものが必要なのかといえば、私達お手伝いさんこそ、この家に不可欠の要素だからである。(中略)おくさまは何もする気がないのではなくて、私達にさせるために何もしてはならないのである。(113頁 乃婦)

んと、女中のための家だという。女性とその子供が家主であり、2人をお世話するための女中ではあるが、この家では女中こそが存在不可欠であり、むしろ女中がいないと成り立たない構造を呈している。

前新入社員の研修を行った時に「社内にゴミが落ちていたら拾うかどうか」の議論をした。当然会社の中では「業務」と「職務」がある。ゴミを拾うという「職務」も当然遂行しなくては、会社組織は円滑にならない。しかし、「清掃員さんのためにゴミはそのままでもいいのでは」という意見が出て、なるほど、そういう考え方もあるなと納得したことを思い出した。女中にさせるために、仕事を残す。

静に語る乃婦に凄みがある。女中という存在から水村美苗さんの『本格小説』を思い出すが、なんとなく文体も似ている気がする。女中たちの存在が圧倒的すぎて、これはもう『女の家』ではなく『女たちの家』とすべきだろう。

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『パチンコ』ミン・ジン・リー/誰もが産まれる国を選べない

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『パチンコ』上下 ミン・ジン・リー 池田真紀子/訳 ★★

文藝春秋 2020.10.30読了

 

るでペルシャ絨毯を思わせるような装幀、色使いは花札のようだ。書店で見かけた時に表紙に一目惚れしたのだが、よく見ると全米図書賞最終候補、オバマ前大統領推薦とある。そして在日コリアン4代にわたる年代記なんて、好み過ぎる!

うしてタイトルが「パチンコ」なんだろうと不思議に思いながら読み始める。と、タイトルを忘れてしまいそうなほど、なかなかパチンコは出てこない。上巻には確か一回だけさりげなくパチンコという単語が出てきただけ。タイトルの意味がわかるのは、後半から。

れが、めちゃめちゃおもしろい作品だった。最初の数頁では、妻子ある男性に騙されてしまった少女のよくあるストーリーかなと思っていたのだが、いつしか物語に引き込まれて没頭してしまい素晴らしい読書時間を堪能できた。

ャケットや宣伝文句に期待に胸膨らませ、その通りに本当におもしろい小説って実はそんなにない。期待外れなことの方が多くて、意外とさりげなく選んだ一冊が良かったりするものなんだよなぁ。でも、この本はドンピシャ!

鮮の地で、不具だけれど優しい父親と母親の元に産まれた貧しい少女ソンジャが辿る生涯は、4世代にわたり群像劇として展開される。産まれた地を捨てて、日本で住むことになる登場人物たち。読んで欲しいから詳しくは語らないが、差別、信仰、血の繋がりや家族、そんなものが全てある。在日という点からは山崎豊子さんの『二つの祖国』を思い出した。

の本はアメリカで大絶賛されながらも長らく邦訳が出版されなかった。おそらく、内容に反日感情が飛び交っているからだろう。朝鮮人が日本を、日本人をどんな風に思っているのかがよくわかる。少し悲しくなるほど。でもそれは日本人がコリアンを差別したからだ。日本に住む在日コリアンを、こうやって傷付けたからだ。誰もが家族や親を選べないのと同様に、国も選べない。産まれた国と過ごした国、どちらに対する愛国心も、きっとある。

そらくそんな理由も多少はあり、日本での出版に時間がかかったのだろうが、本当は一番に日本で刊行されるべきだったと思う。日本人がこれを読んでどう思うのか。自国の体制と思想に納得できるのか。変えていきたいと思うのか。登場人物には、痛ましいながらも共感でき愛しくなる。中でもソンジャの長男ノアにはひときわ心惹かれそして戸惑う。

河ドラマを観ているようだが、文章は堅苦しくなくむしろ滑らかで読みやすい。訳者の池田真紀子さん、目にしたことあると思っていたら、ジェフリー・ディーヴァーさんの作品をよく訳している方だ。

う若くはないので健康のためにもなるべく睡眠時間を削らないようにしたいのに、これはダメだった。今年読んだ本の中で確実にベスト3に入る、心にすとんと落ちる大切な作品だ。どんな人にも胸を張ってお薦めできる本。是非皆さん読んでみてください。

『家霊』岡本かの子/粋のいい短編たち、280円文庫

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『家霊(かれい)』岡本かの子

ハルキ文庫 2020.10.26読了

 

本かの子さんの作品を読むのは初めてだ。芸術家岡本太郎さんの母親である岡本かの子さんは、壮絶な人生を歩んだ。瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読んだことが彼女を知ったきっかけだ。熱を帯びたかの子さんは一体どんな作品を生み出したのかと興味を持った。

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 の本には表題作『家霊』の他に、『老妓抄』『鮨』『娘』の合わせて4作が収められている。中でも『鮨』の余韻がとても良い。鮨と聞くとどうしても志賀直哉さんの『小僧の神様』が思い浮かぶ。もちろん話は違うのだけれど、鮨屋のカウンター、職人の握りという鮨独特の趣がある。

の作品では、偏食の子供に母親が鮨を振る舞うシーンが生き生きとしている。鮨だけに、粋も良い。好きな食べ物、よく食べる物は、その「味」が好きだからという理由だけではなく、「想い出」やその「状況」が身に付いている場合もあるんだよなぁ。

し古めかしい言い回しはあるものの、岡本かの子さんの文章と文体は他の人にはない魅力があり、当時人気作家だったことがうかがえる。うん、上手いなぁ。芥川龍之介さんや川端康成さんの短編を思わせる巧みな構成、そして人間の業を深く掘り下げている印象を受ける。女性の性(さが)が前面に出そうなほど熱を帯びている。

ころで、この「280円文庫」というハルキ文庫(角川春樹事務所出版)のレーベルはご存知だろうか。私はこの本を探していて初めて知ったのだが、どうやら著作権が切れた昔の名作を低価格で読めるようにと、10年ほど前に創刊されたらしい。当時は消費税が5%だったから税抜267円と表示されており、税込で280円になるよう設定している。

作権が切れた作品は青空文庫で無料で読めるものも多いが、紙の本で読みたい人にはおすすめだ。名作を気軽に読める。薄くてたぶん携帯よりも軽い!ただ、振り仮名が多く振ってある(例えば「態度」にも横に「たいど」と振ってある)からちょっと紙がうるさいかも…。小学生にも読めるようにだろうけど、今の若者が進んで本を買うのかは少し疑問…。

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド/かつて黒人奴隷が生き延びるために

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『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド 谷崎由依/訳

ハヤカワepi文庫 2020.10.25読了

 

の本、単行本刊行当時からずっと気になっていた。長らく買おうか迷っていたのだが、今月の文庫本新刊コーナーに平積みされていて迷わずゲット。最近、文庫になるのが目覚ましく早く感じる。とは言え、出版業界の流れとして変化があるわけではなく、早く感じるのは自分自身が感じる時の感覚のせいだろう。

母の代から綿花農園の奴隷であったという少女コーラ。同じく奴隷である青年シーザーから「一緒に逃げないか」と声をかけられて逃亡する。地下を走る鉄道に乗り、逃亡劇が始まる。悪いことをしているわけではないのに、逃げなくてはいけない運命。

19世紀前半、奴隷州と呼ばれるアメリカ南部から北部に移れば自由になれるとされていた。当時、奴隷制度廃止論者たちが逃亡の手助けをしたのが「地下鉄道」という秘密組織だったらしい。レールが敷かれ列車に乗せて逃がしていたわけではなく、暗号のようなもの。著者ホワイトヘッド氏は、本物の列車に見立てて物語に仕上げた。暗号の「地下鉄道」組織では、実際どういう風に逃していたのだろう?

つて黒人奴隷はどのように扱われていたか、どれだけの人が無理を強いられ蔑まされてきたのかは、未だ根強く残る人種差別問題を見ればおのずと想像できる。その後南北戦争が起こり、奴隷解放宣言が発せられたわけだけれど、それまでは黒人は肌の色が違うというだけでこんな生き方を強いられていたのかと思うと胸が痛む。

害者とも言えるコーラをはじめ黒人の目線だけでなく、奴隷狩りをする白人リッジウェイや、我が子を捨てたメイベルなど、何人かの視点でも物語が語られる。過去や現在の挿話が物語に奥行きを与えるようだ。

厚で読み応えのある小説だった。軽く読み飛ばしてはいけない、というか出来ないような。「逃げる」というテーマだからもっと苦しく逃げ惑う切羽詰まった感じかと想像したが、そうではなかった。列車を降りたその土地で出会う人にも「生きる」ための戦いがあり、それぞれの物語がある。ハヤカワepi文庫に入るだろうなぁと思うような作品だ。

メリカでピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞をはじめ名だたる賞を複数受賞しているのだが、結構難解な小説だと感じた。万人が読みやすいというわけではない。アメリカでこれだけ読まれているのは「黒人問題」がより人々の中で興味深くかつ重要な問題であるからだろう。

者は2019年に発表した『ニッケル・ボーイズ』という作品で2度目のピュリッツアー賞を受賞したそうだ。無実の罪で少年院に送られた子供の話、こちらの方が気になる。

『ぐるぐる♡博物館』三浦しをん/行きたい、会いたい博物館

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『ぐるぐる♡博物館』三浦しをん

実業の日本社文庫 2020.10.22読了

 

ょっとエッセイでも読んで休憩。小説が好きだからどうにも偏りがちだが、なるべく10冊に1冊は小説以外を読むようにしている。しかし振り返るとここ最近は小説が連続していたから、少し読むという行為に対して疲れ気味だったのかなぁと。

の本は、三浦しをんさんが博物館を実際に訪れてまとめたルポエッセイだ。博物館!たしかにわくわくする!私は美術館には結構行くのだが、博物館はそんなに行く機会がない。けれどもちろん大好きな場所である。

物館といって私が真っ先に思いつくのは、ニューヨークにある「アメリカ自然史博物館」だ。興奮の嵐!映画『ナイト・ミュージアム』の舞台でもある。足を踏み切れた途端、恐竜や動物たちの剥製に囲まれて冒険心に火がつく。また行きたいな〜。

をんさんが足を踏み入れた博物館で、実際に見て感じたことを、わかりやすくかつユーモア溢れる表現でルポタージュしている。その数は寄り道編3館を合わせて計13館。全て興味深かったのだが、中でも気になったのが2つ。

ず「雲仙岳災害記念館」だ。日本で住む以上、火山は身近にある。科学的に観測され、噴火するメカニズムなどは判明してはいるものの、体験したり身近にないとなかなか想像しにくいものだ。ここでは多くの記録や映像で学び知ることが出来る。「平成大噴火シアター」という体験型映像コーナーも非常に気になる。

う1つが福井県の「めがねミュージアム」だ。めがねの歴史が紹介され、また体験工房では自分のめがねを手作りできる。昔のめがねの変遷だけでも楽しいのだが、おそらく職人さんであり案内係である榊さんとしをんさんのやり取りがおもしろかったのもある。

にも、石ノ森章太郎先生が生みだしたキャラクターに会える「石ノ森萬画館」や、会員制の「風俗資料館」など気になる博物館だらけだ。しをんさんの作品で小説以外を読むのは初めてかもしれない。小説もかなり読み易い部類なのだが、エッセイはそれ以上だ。だからさらっと読めて、こんな気分の時にはちょうど良い。

才は言わずもがなだが、「人間」の魅力を最大限に表している。各館の館長さんや学芸員さんはその人なりの矜持があり魅力的な方々なのだろうが、しをんさんの筆致により、一層生き生きと輝くようにみえる。その場所に足を運びたいと思うだけでなく、彼(彼女)に会って話を聞きたい!と思わせるのだ。

人的に気になっているのは「福井県立恐竜博物館」だ。本で紹介されてはいないが、あとがきで少し触れられていた。会社の同僚で3回も行った人がいる。本の中で紹介された博物館のうち、2館が福井県だったし、福井県は技術と専門性が際立つ街なのかもしれないなぁ。

『郷愁』ヘルマン・ヘッセ/青春とお酒、そして本を読む時の気の持ちよう

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『郷愁』ヘルマン・ヘッセ 高橋健二/訳

新潮文庫 2020.10.21読了

 

ルマン・ヘッセさんの処女作であり出世作でもある『郷愁』、原題は『ペーター・カーメンチント』で主人公の名前である。いつも通り新潮文庫の表紙は野田あいさんのイラストで、なんとも言えぬ哀愁を帯びており、色合いも素敵だ。

郷やかつて過ぎ去った青春を懐かしむとともに、自然の美しさと儚さ、そして人間の孤独を丁寧に描いた作品だ。これがヘッセ氏27歳の時の作品とは信じがたい。むしろ、晩年の作品と聞いても納得出来るだろう。いくつか読んだヘッセ作品に比べて、抽象的であり少し難解な印象を受けるためにそう思うのかもしれない。

親が亡くなったときに父親からお酒を教わり、そこから大酒飲みになる。ペーターにとって酒は友だ。恋の失敗から酒魔に取り憑かれるペーターが印象的だった。

はあまりお酒が強くないので、記憶をなくす以前に頭が痛くなったりと具合が悪くなるのだが、お酒で気分転換出来る人が羨ましく思う。一方で飲まれてしまう人もいるわけで、、ほどほどが一番なのかもしれない。

ッセ氏の作品は今年何冊も読んでいるのに、何故だか今回はピンと来なかった。作品自体は素晴らしく文体も好みなのに、どうしてだろう?

そらく自分の気の持ちようなんだと思う。いつもは次に読む本を吟味して選ぶのに、今回は出かける直前にささっと選んだ。確かにその時も「ちょっと今はヘッセの気分じゃないかもな」とは感じたのだ。

理やり読んだとまでは言わないが、気分が乗らない本の時もある。こうして考えると「作品に感動できるか」「本から得られるものがあるか」というのは、自分自身の状態によるのだと強く感じる。本選びも時と場合を間違えないようにしなくては。

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『風よあらしよ』村山由佳/怒涛の人生、道を自ら切り開く

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『風よあらしよ』村山由佳 ★

集英社 2020.10.19読了

 

人解放運動家、アナキストである伊藤野枝(のえ)さんを描いた評伝小説である。少し前に、瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読み、寂聴さんが書く他の評伝も読みたいと思っていた。伊藤野枝さんの生涯を書いた『美は乱調なり』を探そうと思っていた矢先に、この村上由佳さんの新刊が書店に並んでいた。

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れがなんと伊藤野枝さんの評伝小説なのだ。村山由佳さんといえば、恋愛ものというイメージだったけれど、こういう評伝も書くんだな〜。単行本、分厚いけれど、読み易そうだし読んでみるか。

や、おもしろかった!伊藤野枝さんの生き方が熱すぎるのだ。今でこそ強い女性は多いが、明治・大正の時代にこれだけの熱意と行動力がある女性は珍しい。生涯に3人の夫を持ち7人の子供を産んだ伊藤野枝さんの太く短い生涯を、現代に鮮やかに炙り出した秀作である。この時代が今の時代よりも遥かに、皆が生きるために必死でかつ希望とエネルギーに満ちて生き生きしているように思うのは私だけだろうか。

枝の学生時代、当時唯一の女流文芸雑誌だった『青鞜(せいとう)』の発起人は平塚らいてふ。与謝野晶子の歌も、当時デビューしたばかりの田村俊子(田村さんも最近気になっている方の1人だ)の作品も『青鞜』に載っていたようだ。今でこそ男女間の差はほとんどなく女性の社会進出は当たり前だが、それもこの時代に彼女らが行動を起こしたからなのだ。

人の値打ちは、行動で決まる。どんなに高い理想を掲げても、ただ思索をこねくりまわしているだけで世の中は変わらない。本当に世間を動かしたいと思うなら、自らが行動を起こさなくては駄目なのだ。どんなに無力であっても、躊躇っていては駄目なのだ。(258頁)

枝は子供の頃から女性軽視の社会や貧困から生まれる格差に疑問を持つ。思っているだけにとどまらず、意見を吐き出し行動する。自分の道を自分で切り開く。そんな彼女にいつしか読んでいる私も惹かれていく。その野性的な姿を思い浮かべながら。

2人めの夫は元教師の辻潤つじじゅん)、教育者という立場から野枝の才能を開花させる。ナルシストでインテリな辻に惹かれる野枝。なんか、わかるなぁ。途中までは文学愛好者にはもってこいのストーリーで、ある意味のんびりと読めるが、鋭い眼光を放つ大杉栄(3人めの夫となる)が登場する中盤からは無政府主義運動が絡み、物語は加速していく。

れにしても大杉栄が掲げる「自由恋愛の実験」の如何に自分勝手なこと。それでも女性が放っておかないのは彼が魅力的なのだろう。どんな人かと思ってググってみたら、まぁハンサムで見目麗しく今でいうイケメン。彼の思想の根底を表したものが『文明批評』創刊号に載っている。

思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ。(470頁)

彼は恋愛だけではなく何に対しても「自由」という思想を掲げ、日本という国の未来のために自分の命を惜しみなくさらけ出し戦い抜いた。

憲から目をつけられ常に追われる身。そのなり振り構わぬ物腰から大杉には敵も多い。しかし一方で、手を差し伸べる人もおり、知れば知るほどそのカリスマ性と人間愛に魅了される。なんと魅力のある漢(おとこ)か。物語を終える頃には、野枝以上にこの大杉栄に俄然興味が湧いた。分厚い単行本だけど読む価値あり。