書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『人間』又吉直樹|色々な人間がいていい

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『人間』又吉直樹

KADOKAWA [角川文庫] 2022.5.7読了

 

吉直樹さんの作品は、芥川賞受賞作『火花』だけしか読んでいなかった。当時世間をものすごく賑わせて「芸人が書いたものか〜」「芥川賞も結局話題性を重視して選んだのか」と私も少し勘ぐっていた1人だったのだが、読んでみると思いの外しっかりした文体と美しい表現に感服した。何よりも又吉さんが小説(特に純文学)を溺愛しているのだと思った。

て、その又吉さんの作品を読むのはそれ以来だ。漫画家になりたかった永山という男性が、シェアハウスに住んでいた過去を回想しながら「人間」とは何なのか、生きる意味を探っていくストーリーである。シェアハウスには芸術家を目指す者たちが集まっている。創作意欲がある人間たちは何かを表現したい、成し遂げたい、理解されたいと強く願い、それを目標にして生きるから意見もぶつかり合う。

山と影島が再開した時の会話が興味深かった。太宰治著『人間失格』について意見を交わしあったり、青春時代の過ちを理解しあったり。芸人で小説家の影島はこのように言う。

どこかみんな芸人が小説を書いたことに驚き過ぎてるよな。新鮮におもってくれるのは自分としては得やけど、仮にもコントを十年以上作り続けてきたわけで、今まで何千人という架空の人物を自由に動かして、喋らせてきたんやから、どの職種の人より物語の距離は近いわけやん。(中略)創作に携わってなかった職種の人が突然物語を生み出したことの方が日常からの飛躍は大きいねんから、そちらこそを称賛するべきで、自分ばかり言うてもらって、申し訳ない気持ちはある。(308頁)

吉さんが芥川賞を受賞した時、本人は実際このような違和感があったのだと思う。もちろん知名度を利用して売れることはありがたいだろうが、それは出版サイドや業界の人が考えるわけで、本人にとってはまた違う感情だろう。永山にも影島にも、又吉さんのイメージが付き纏っていた。

間を生きるとはどういうことか。結局一人一人の小さな私たちは何者にもなれなくて、例え大物になれたとしてもそれは自分がそう思ってるだけで結局は人間みな同じなんじゃないかと感じた。色んな人間がいていい。

『火花』以降の作品は読んでいないからなんとも言えないが、文体が少し変わったような気がした。無防備で挑戦的になった印象だ。そして、読んでいるあいだ、息継ぎをしているようで苦しさを感じたのはどうしてだろう?最終章は毛色が異なり、それが安心を覚える読了感になっている。

『秘密機関』アガサ・クリスティー|何者をも恐れず突き進む精神

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『秘密機関』アガサ・クリスティー 嵯峨静江/訳

早川書房[ハヤカワクリスティー文庫] 2022.5.5読了

 

アロでもミス・マープルでもないクリスティーさんのもう一つのシリーズものが「トミー&タペンス」で、その1作目がこの『秘密機関』である。私もここまでクリスティー作品にハマらなかったら知らなかった。

ミーとタペンスという2人の若者が国家の重大機密に関わっていくストーリーである。冒険物語というより、スパイ小説と推理小説が合わさったような印象。カップルが主人公になっているものはたいてい女性の方が強く聡明なイメージがある。この2人もその例に漏れず、男性は優しく女性を温かく見守っている。2人の掛け合いが初々しく、チャレンジ精神が読んでいてハラハラする。

こう見ずで無鉄砲で危なっかしい。でもそれは若さがあるからこそだ。歳を取るとこの若さが羨ましくなる。単に外面的なものや体力面でなく、精神的な若さが羨ましいのだ。何者をも恐れず突き進む精神。国家機密をずぶの素人2人に依頼するとか、こんな無茶な展開あるかなとくすぶりながらも、なかなか楽しく読めた。

つものクリスティーさんの作品とはかなり異なる印象を受ける。知らなかったらクリスティーさんが書いたとはわからないかも。諜報関係のストーリーにしては、穴がたくさんあるのが否めないけれど、トミー&タペンスの若さだけでなくクリスティーさんの長編2作目ということで未熟さがあるのかもしれない。

のシリーズの長編は4作のみなので順番通りに読むつもりだ。表紙のデザインがいつものクリスティー文庫の大人っぽい写真ではないのだが、これは和田誠さんがイラストを描いている。そういえばこのタッチはそうだ。和田誠さんが描いていると知ると、不思議と味わいのあるものに見えてくる。

のGW連休中に2泊3日で国内を旅行したのだが、お供に選んだのがこの本。しかし旅に明け暮れて3日間で10頁ほどしか読まなかった!こんなに本を読まない日々は久しぶりだった。

『この道』古井由吉|人間の死を悟るように

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『この道』古井由吉

講談社講談社文庫] 2022.5.1読了

 

しぶりに古井由吉さんの本を読んだ。古井さんの文体に触れるときは雨の日が似合う。現在このような静謐な空気をまとう文章を書く人はいないのではないか。

本的には古井さん本人だと思われる老人の想いや生活について連ねられている。所々に過去の体験が多く導入され、戦時下のこと、入退院を繰り返したことなどが走馬灯のように駆け巡る。古井さんは季節の移ろいを大切に感じ、そして松尾芭蕉をはじめとする詩人を敬愛し古代ローマの神々の意思を尊重している。 

語性は全くない。ただつらつらと、浮き輪がぷかぷかと浮くように、言葉がゆらりと紙面を浮いているようだ。抗えない老いというものは、これまた抗えない自然の摂理と同じであるように、ただそこにあるのだろうか。

浦寿輝さんの解説によると、この本は一つ一つの短編として読んでも、連作短編集として読んでも、はたまたエッセイのようにも読めるという。古井さんの生前最後に出した作品集であるからか、常に「死」の匂いがつきまとう。しかしそれは必ずしも暗いものではなく、悟りの境地に達したようでどちらかというと神聖なものとなっている。

『メソポタミヤの殺人』アガサ・クリスティー|ポアロのやり方には隙がない

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『メソポタミヤの殺人』アガサ・クリスティー 田村義進/訳

早川書房[ハヤカワクリスティー文庫] 2022.4.29読了

 

ソポタミ「ヤ」ではなくメソポタミ「ア」ではないのかな?メソポタミア文明と習ったし通常メソポタミアと発音している気がする。どうでもいいけれどタイトルに違和感を覚えてしまった。日本語読みがメソポタミアなだけで、本来の音はメソポタミヤに近いのだろうか。

学博士ジャイルズ・ライリーが、4年前に起きた事件について看護婦のエイミー・レザランに執筆を依頼する。エイミーが、事件を回想しながら手記を書いているという体になっている。

近東の遺跡発掘現場が今回の舞台である。どうやらクリスティーさんの2度目の結婚相手で生涯の伴侶となったマックス・マローワン氏は考古学者であったようだ。クリスティーさんのメソポタミヤへの旅がなかったらこの作品はなかった。  

跡調査団長エリック・レイドナーは妻のルイーズの健康状態を心配し、信頼できる人に側にいてもらいたいと考えエイミーをその付添い役に依頼する。ルイーズはある手紙のことで頭を悩ませていた。遺跡調査団の宿舎で起こる殺人。誰が何のためにどうやって。ポアロとエイミーが難事件に挑む。

アロのやり方には隙がない。どんな他愛もない噂話にも興味を示し、少しでも可能性があるものについてしらみ潰しにクリアしていき、残されたものの中から真実を浮かび上がらせる。これは遠回りに見えて実は一番確実だ。私たちも、生活をしていて難題にぶつかった時は、こうした手順を踏むのが良いのかも。 

貌のルイーズは男性を虜にする。容姿だけではなく知的さも併せ持ち、かつ魅惑の存在だ。そして看護婦エイミーもまた聡明でありながら手記の中では茶目っけたっぷりでかわいらしい。何よりこの作品の最大の魅力はエイミーの手記になっているという構成だろう。犯人を探るに当たり色んなことを考えてしまった。

の作品はポアロシリーズの中で12番目に書かれた作品である。ポアロは結構読んでいるかなと思っていたけど、実は34作あるうちのまだ1/4ほどしか読んでいないみたい。まだまだ道のりが長い。故にまだまだ楽しめるということ。もちろんミス・マープルもノン・シリーズも。

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『回転木馬のデッド・ヒート』村上春樹|ロマンチックでキザなスケッチの数々

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回転木馬のデッド・ヒート村上春樹

講談社講談社文庫] 2022.4.27読了

 

性に村上春樹さんの文章に触れたくなった。読むたびに、他の作品で読んだことがあるような既視感(既読感)に遭遇したり、お得意のコケティシュな女の子がまたまた出てきたなと思う。毎回毎回思う。いつも感じることは一緒なのに、どうしてかふとしたタイミングで無性にあの文体が愛おしくなり、春樹ワールドに自ら入り込みたくなるのだ。

はいえ、村上さんの本はほぼ全て読んでいる。そろそろ2巡目かなと思っていたら、まだ未読のこの短編集があった。村上さんはこの本に収められた文章を「スケッチ」と言う。小説でもノンフィクションでもないから。村上さんは人の話を聴くことが得意で、ある種の我慢強さというフィルターを通して文章を作り出しているそうだ。とにもかくにも、前書きで自分のこれから書く文章について語るのがこれまた村上さんらしい。読者に読むための心構えを呈している。

れぞれの短編は、普通ならあり得ない話なのに、ひょっとしたら起こり得るのかもと思わせる何かがある。『タクシーに乗った男』で画廊の女主人がかつて出逢った運命の絵についての話や、『嘔吐1979』で理由もわからず40日間嘔吐と電話が続いた話もそう。村上さんが誇張して書いているとはいえ、誰かの体験をそのまま聞いているようでそれが心地良く入ってくる。

ての短編が私にはロマンチックに思える。身体が不自由な親子のことを描いた『ハンティング・ナイフ』は危うい香りがするのに、何故だかロマンティシズムが混じっている。村上さんの書くものが苦手だという人は、このロマンチックさを格好つけているとかキザだとか表現するが、これがクセになるんだよなぁ。

うして村上さんの書くものはこうも人の心を鷲掴みにするのだろう?村上さんの本は多くの国の言語に翻訳されているから、ここには万国共通の、人類共通の魔力が潜んでいるのかもしれない。薄い掌編集であるが、おもしろく読め、何より村上ワールドを充分に堪能できた。

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『黒牢城』米澤穂信|大河ミステリー、ここにあり

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『黒牢城』米澤穂信

KADOKAWA 2022.4.25読了

 

166回直木賞受賞、他にも4大ミステリランキングを制覇した大作である。米澤穂信さんの作品は数冊読んだことがあるが、そもそも現代モノ専門の作家だと思っていたから、歴史モノを書いたということに驚いていた。最近大河作品から離れていたのでついていけるか心配だったけどなんなく読めた。

田信長、黒田官兵衛は知っている。もちろん明智光秀も。しかし荒木村重(あらきむらしげ)という人物のことは全く知らなかった。この小説は、村重率いる城「有岡城」を舞台にした歴史小説かつミステリ小説である。

重が信長に対し謀反を起こし有岡城に籠城した。官兵衛の主君も村重に応じようとしたので、村重の意思を翻そうと官兵衛は有岡城に乗り込んだが、殺されることも叶わず幽閉されてしまう。どうして村重は官兵衛を殺めずに牢屋に入れたのか。それは、官兵衛の智力のためだけなのか。

はこれ、4つの章にわかれていて各章ごとに謎解きミステリに仕上げられている。歴史上の人物が何人も出てくるが、私には誰が本物で誰が架空の人物かわからなかった。それでも日本史に疎い人でも充分に楽しめるストーリーに仕上がっている。まぁ、国を守るとは並大抵のことではないんだと痛感する。

兵衛は「牢の中でひと月考えれば、わからぬことも段々にわかって参りますぞ」と言う。なるほど、牢の中でなくとも、もしかしたら一ヶ月考え抜けば、何かが見えてくるのかもしれない。罪を犯した人が牢獄で1人考える時間、また仏門に入った人が静謐の中1人考える時間、世間の雑音から離れたそういう中にいると、人間には何か見えてくるものがあるのか。

中に、弓の名人那須与一(なすのよいち)の名前が出てきた。以前通っていた美容院の担当の方と小説の話をしていた時、那須与一を主人公にした作品をおもしろいと勧めてもらったのだが、タイトルや著者名が思い出せない(当時も聞いたことがなかった)。何だったのだろう、普段あまり小説を読まないと言っていた方が絶賛していたので、気になる。当時メモしておけばよかったと悔やまれる。

史小説の中にこのようにミステリを仕組むとは、米澤さんさすがと言うしかない。直木賞受賞作ということで物語性も豊かでぐいぐい読ませるが、それよりも上手いのだ。この手腕に唸らされた。何よりタイトルが秀逸でカッコいい。『黒牢城』なんて。見ただけで俄然おもしろそうでワクワクする。

根涼介さんもそうだが、現代小説家が歴史小説を書き始めそれがヒットすることは多々ある。何より難解さがほとんどなく読みやすい。普段歴史モノを読み慣れていない人でもとっつきやすいので多くの人に読まれるのも頷ける。

『時のかなたの恋人』ジュード・デヴロー|夢見る乙女のためのタイムトラベル・ロマンス

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『時のかなたの恋人』ジュード・デヴロー 久賀美緒/訳

二見書房[二見文庫] 2022.4.23読了

 

イムトラベルで恋愛ものって、もうそれだけで甘ったるいんだろうな、昼ドラみたいなのかなと予想していたけれど、読んでみると意外とドロドロした感じはなくサラサラだった。

体を味わうとか行間を読むといった文学の一つの醍醐味を堪能する感じではなく、ただひたすら文章を読みストーリーを追うという読書になったのだが、物語性が豊かで分厚いのにあっという間に読み終えてしまった。結末がどうなるのかはある程度予想がつきほぼその通りだったのに、ラストにはほっこりとした気持ちになった。

人とイギリスに旅行中のダグレスは、喧嘩をしてしまい見ず知らずの地に置き去りにされてしまう。そこに突然中世(16世紀の英国)から現れた伯爵、ニコラス。初めは何かのいたずらかと思っていたダクレスも、徐々にニコラスに惹かれていき、彼が何故400年の時を超えて現代に来たかを調べるようになる。共に生活していくうちに2人の関係性も深まっていく。しかし、ニコラスはいずれ過去に戻ってしまうのかー。

ス・マープルの名前がよく出てくる!ダグレスは読書好きでアガサ・クリスティ作品が大好きなのだろう。何かというと「ミス・マープルなら…」と言うのだ。アメリカ人がイギリスに旅行中の設定で歴史要素もてんこ盛りだから、著者はきっとイギリスに憧れているのだろう。読んでいて中世イギリスの生活様式や文化、貴族の嗜好など、読んでいて私も興味津々だった。

そらくこの本はハーレクイン文庫に収められるような作品だ。普段ロマンス小説は滅多に読まないのだけれど、気分がほぐれる夢見心地を味わえた。とはいえ、もう甘々ロマンスはお腹いっぱいかな〜。きっとこれは中高生の女子が読むのが一番だ。自分にはいつか白馬の王子様が現れると信じて疑わないまだ若き乙女が読むべき。きっと幸せな気分になれる。

イムトラベルものならスティーヴン・キング著『11/22/63』や宮部みゆき著『蒲生邸事件』が好みだ。もちろん『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は鉄板。これは小説というよりも映画がピカイチで、今でも私が好きな映画のNo. 1の座に居座り続けている。

『世界地図の下書き』朝井リョウ|身体と心、一番成長する時期にどう生きるか

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『世界地図の下書き』朝井リョウ

集英社集英社文庫] 2022.4.21読了

 

しぶりに朝井リョウさんの小説を読んだ。もしかすると直木賞受賞作『何者』以来かもしれない。私の中で朝井さんは、小説界の「時代の寵児」というイメージだ。

親を事故で亡くし、児童養護施設「青葉おひさまの家」で過ごす太輔(たいすけ)と、同じ養護施設の子供たちの数年間が描かれている。何らかの理由でここに住む彼らは、目に見えない心の傷を負っている。しかし、ここに登場する彼らは希望に溢れている。

麻利は強くなっている。だからもう、人の嘘だって見抜けるし、自分で嘘だってつける。(128頁)

をつくのが悪いこととは限らない。嘘がつけるようになるのもまた成長したということ。小学校低学年から中学卒業までの期間は、人生の中で身体も心も一番成長する期間である。その期間を彼らは家族の元ではなく施設で暮らす。そういう人が少なからず世の中には存在していて、実は身近にもいる(いた)かもしれない。

の『世界地図の下書き』は坪田譲治文学賞を受賞している。児童文学の枠を超えて子供から大人まで読める本が対象となっているが、できればこの本は小中学生に読んで欲しいと思う。子供目線で書かれているためか会話文、感嘆文が多いが、その分純粋で真っ直ぐな気持ちがぶつかり合いダイレクトに心に入ってくる。

井さんの文章は流暢でするすると読みやすい。本当は柴田錬三郎賞を受賞した『正欲』がとても気になっている。早く文庫にならないかなと心待ちにしている。

『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』サマセット・モーム|極上の短編集ここにあり

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『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』サマセット・モーム 金原瑞人/訳

新潮社[新潮文庫] 2022.4.21読了

 

ギリスの文豪モームさんの小説はどれもおもしろく、なかでも名作『月と六ペンス』『人間の絆』は私にとって大切な作品である。実はまだ短編を読んだことがなかったので、新潮文庫から刊行されている評判の良いこの短編集を読んだ。どの作品も余韻に残る一級品で、短編も素晴らしかった。モーム氏の観察眼に感服し、巧みに表現した人間心理が心を震わせる。そしてストーリーがもう抜群だ。表題作を含めた8作が収録されているが、印象に残った2作を簡単に。

 

『征服されざる者』

フォローしているミモレさんのツイートを読んでから、どんな作品なのかとても気になっていた。確かにこれは衝撃過ぎる。ラストを読んで鳥肌が立ってしまった。8作全て読んだあとも、この作品だけが際立って印象に残っている。

ハンスが終始楽観的なのに対して一貫して揺るぎないアネットの態度。アネットと彼女の両親の対比もまた見事だ。アネットがハンスを憐れみそうになる心情など、一瞬の危うい際どさを上手く表している。そして人間の強い心は何者にも征服されない。

捕虜のドイツ兵がフランス人をこんな風に扱うなんて。新聞を与えられてもそこに書かれているのはドイツにとって良い内容だけ。まるで今の戦争の状況と同じではないか。戦争って、人を人ではないものにしてしまう。

 

『良心の問題』

殺人と良心の呵責をテーマにしたストーリーである。おそらく全ての犯罪の中で一番残虐で後悔がつきまとう(普通なら良心がとがめる)ものが殺人である。同じ人間を殺すこと。殺しをした人の心のうち、良心はどこにあるのか、良心というものはどうなっていくのか。

親友と同じ相手を好きになってしまった主人公が悪巧みをしてなんとか相手の女性と結婚する。初めはうまくいったかに見えたが、親友にまつわるある出来事をきっかけに、妻に対しての感情ががらりと変わってしまう。

なんだか恐ろしく思いながらも、人間の感情ってこうだよなぁと納得させられる。そもそも良心のあり方が人によって違うのだから。

 

ームさんがキャラクターを次々と登場させるたびに、その人物像が鮮やかに浮かび上がる。人物描写を描かせたら右に出る者がいないのではないかと思う。

の作品も子供の影がほとんどない。ある程度歳を重ねなくてはわからない人間の業や愛憎におののく。これは大人のための作品集だ。時にはユーモアたっぷりに、時には憂いを帯び、時にはホラー要素を絡ませて読者を楽しませる。モーム氏の作品を読んだことがない人にも是非おすすめしたい。こういうった「傑作選」のようなタイトルの本には、駄作というかおもしろくない作品もあるのが常なのに、文句なしに全て傑作だった。

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『絶望キャラメル』島田雅彦|町おこしのために立ち上がれ

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『絶望キャラメル』島田雅彦

河出書房新社河出文庫] 2022.4.18読了

 

快な文体の青春コメディといったところだろうか。高校野球の場面が多かったから青春スポーツ小説の印象も強い。島田さんらしく政治要素もふんだんに盛り込まれている。登場するキャラクターが、なんというか結構テキトーであっけらかんとしていて、だから読んでいるこっちも肩肘張らずに楽に読めた。

れた地方都市葦原に、伯父の寺の跡継ぎとして江川放念(えがわほうねん)が帰ってきた。放念は、葦原は「絶望」が重く立ち込めていると言う。そこでこの町おこしとして「原石発掘プロジェクト」なるものを思い付く。そこで登場するのが情報通の緑川夢ニ、肩が強く石投げが得意な黒木鷹、美少女青山藍、微生物大好き女子白土冴子の4人である。

念とこの若者4人がすったもんだしながらも夢に向かい走り続ける様がユーモアたっぷりに爽快な空気で書かれている。今までの島田雅彦さんが書く小説と雰囲気がだいぶ異なる。ノリと場面の移り変わり方が少し伊坂幸太郎さんの作品に似ているように思った。こんなにとんとん拍子でうまくいく展開なわけないよなと思いながらも、歯切れのよい文体が心地よく爽快に読んだ。

の作品の舞台は葦原という小さな街である。最近読んだ小説が3作続けて小さな街や村を舞台としていた。他の地域を知らずいやがおうにもその土地に生きるしかない村人たち、小さな街から飛び出して都会に羽ばたきたい少女、そして今回は街を活性化させようと自ら立ち上がる者たち。私たちはいかに土地とつながっているか。足で立つこの地に胸をはって生きること、地を愛することが豊かな人生に繋がるのだと思った。

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