書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2020-01-01から1年間の記事一覧

『言葉を離れる』横尾忠則/絵と言葉は本当に正反対か

『言葉を離れる』横尾忠則 講談社文庫 2020.12.29読了 やはり表現者だなぁと心底思う。文章は長ったらしく句読点も少なくて読みにくいのに、人の心を掴む魂を紡いでくる。美術家、横尾忠則さんのエッセイだ。それもある意味「本」「言葉」に対する否定の書と…

『風の影』カルロス・ルイス・サフォン/本にまつわるファンタジー

『風の影』上下 カルロス・ルイス・サフォン 木村裕美/訳 集英社文庫 2020.12.28読了 スペインの国民作家、カルロス・ルイス・サフォン氏が今年6月に亡くなられた。追悼として書店に平積みされるまで、私は彼のことはもちろん作品さえ知らなかった。「忘れ…

『美しいものを見に行くツアーひとり参加』益田ミリ/女子のための旅行ガイド

『美しいものを見に行くツアーひとり参加』益田ミリ 幻冬舎文庫 2020.12.27読了 イラストレーター益田ミリさんの旅行エッセイ。ほっこりしたイラストは見たことがあっても、これが益田ミリさんが描いたものであること、本(エッセイ中心)を多数出されている…

『千の輝く太陽』カーレド・ホッセイニ/アフガニスタンで生き抜くこと

『千の輝く太陽』カーレド・ホッセイニ 土屋政雄/訳 ★★ ハヤカワepi文庫 2020.12.26読了 身体中の細胞が動揺して鳥肌が立つようだ。マリアムとライラという2人の女性の生い立ち、生き方に胸が痛くなる。それでも、時にはその痛みがなりを潜め、ふとした優し…

『殉教者』加賀乙彦/信仰にはパワーが必要

『殉教者』加賀乙彦 講談社文庫 2020.12.23読了 自らの信仰のために命を失ったとされる人のことを殉教者という。キリスト教で使われることが多いが、信仰の対象は決まっていないようだ。タイトルを見るとどうしても遠藤周作さんを思い浮かべる。著者の加賀さ…

『三度目の恋』川上弘美/少しだけ好き、も大事な感情

『三度目の恋』川上弘美 中央公論新社 2020.12.21読了 書店に並ぶ佇まいがとても気になってしまい、いてもたってもいられず手に取る。恋愛ものだけど、きっと川上さんが書くと普通の恋愛小説ではなくてある種の優しさがあるだろうと。それでも一筋縄ではいか…

『葬儀を終えて』アガサ・クリスティー/ミステリファンの心を掴む名作

『葬儀を終えて』アガサ・クリスティー 加賀山卓朗/訳 ハヤカワ文庫 2020.12.20読了 私立探偵ポアロシリーズの25作目。私が読むポアロ作品としては4作目である。クリスティー作品の中ではそんなに有名ではないけれど、私としてはすこぶるおもしろかった。何…

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫/表題作は圧巻!

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫 中公文庫 2020.12.19読了 大正・昭和の文豪佐藤春夫さんが、1920年の台湾旅行をきっかけにして執筆された短編が9つ収められている。100年前の台湾の情景。私は10年以上前に一度台湾を訪れたことがあるが、その時…

『カタストロフ・マニア』島田雅彦/かなり文学よりのSFか

『カタストロフ・マニア』島田雅彦 新潮文庫 2020.12.17読了 最近の島田雅彦さんは未来を描くSF・ディストピアチックな作品が多くなってきたように思う。私の中ではどちらかといえば『退廃姉妹』や『傾国子女』のような大正・昭和の女性を描いた古典的なイメ…

『盤上の向日葵』柚月裕子/小説の楽しさに気付いていない人に読んでほしい

『盤上の向日葵』上下 柚月裕子 中公文庫 2020.12.15読了 タイトルからわかるように、将棋を題材にした作品。昨今の将棋ブームで、最近は将棋をテーマにした作品がよく売れるように思う。藤井聡太二冠の存在も大きい。 最初は、当たり障りもない文章でただ読…

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン/北欧アイスランド発警察ミステリ

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由実子/訳 創元推理文庫 2020.12.13読了 アイスランドは人口約35万人の、北欧に浮かぶ島国だ。35万人というのは、奈良県奈良市や、埼玉県川口市と同じくらいの人口だ。東京でいえば23区のうちの一つ北区だけで3…

『ペルソナ 三島由紀夫伝』猪瀬直樹/生と死に誰よりも執着していた

『日本の近代 猪瀬直樹著作集2 ペルソナ 三島由紀夫伝』猪瀬直樹 ★ 小学館 2020.12.12読了 三島文学が大好きと豪語しているわりには、彼のことを外から評したものをちゃんと読んだことがなかった。特集を映画やテレビで観たり、文芸誌などで読む程度だ。こ…

『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』吉本ばなな/大人になって気付く大事なこととファンタジーの怖さ

『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』吉本ばなな 幻冬舎文庫 2020.12.8読了 哲学ホラーってなんだろう。哲学とホラーって似ても似つかないような気がするのだけれど、突き詰めて深入りすると実はどちらも混じり合っているかもしれなくて、久しぶりに吉本ばなな…

『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』ゲーテ/自己満足だけどなぜか読みたくなる

『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』上中下 ゲーテ 山崎章甫/訳 岩波文庫 2020.12.7読了 ドイツの文豪ゲーテ。トーマス・マン氏やヘルマン・ヘッセ氏の本は読んでいるけど、実はゲーテ作品はまだ読んだことがない。ゲーテといえば『ファウスト』なんだ…

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー/ウェストーバー家の大きな愛を感じた

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』タラ・ウェストーバー 村井理子/訳 ★★ 早川書房 2020.12.4読了 タラさんが偉大な小説家で、読ませる作品を次々と生み出す希代のストーリーテラーなのではと勘違いしてしまうほど、おもしろい作品だった。フィク…

『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー/女性の心の声

『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー 中村妙子/訳 ハヤカワ文庫 2020.12.1読了 ミス・マープルシリーズを読もうとしていたのだけど、ノンシリーズのこの小説を待ちきれなかった。実はアガサさんの作品の中で、この『春にして君を離れ』が一番読みたか…

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫/どんな捉え方をしても彼は魅力的

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫 新潮文庫 2020.11.30読了 三島由紀夫さんの命日は11月25日、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をした。今年は没後50年ということもあり、三島さんに関する映画が上映され、テレビなどでも特集を目にすることが…

『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー/当時は斬新だったろうなぁ

『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー 羽田詩津子/訳 ハヤカワ文庫 2020.11.29読了 少し前からアガサ作品にハマっていて、読んでいない小説の中でおもしろそうなものを選んでいる。この『アクロイド殺し』はどうやらトリックに賛否両論があるとかで、刊…

『ミッドナイトスワン』内田英治/白鳥の湖は悲劇であるけれど

『ミッドナイトスワン』内田英治 文春文庫 2020.11.28読了 草彅剛さんの演技が素晴らしいと評判の映画『ミッドナイトスワン』を、監督自ら小説にした。本当は原作があって映画化、という流れでないとどうも納得できない(原作を大事にしたい)のだけれど、過…

『JR上野駅公園口』柳美里/光に見つけられますように

『JR上野駅公園口』柳美里 河出文庫 2020.11.26読了 上野駅には年に2回ほど訪れる。目的は美術展だ。上野には美術館や博物館が数多くあり、特に全国(美術展については世界)をまわるほどの大きな美術展は上野で開催されることが多い。目的が美術館である…

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール/地球規模で考えよう

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール 柴田裕之/訳 紀伊国屋書店 2020.11.25読了 情動は感情とは別物であると著者は言う。「感情」は内面の主観的状態であり、自分の感情については言葉で伝え合う。一方、「情…

『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー/夢を追い続ける人は満足することがない

「マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー 柴田元幸/訳 ★ 白水Uブックス 2020.11.23読了 今年の夏にスティーヴン・ミルハウザーさんの『エドウィン・マルハウス』を読んで、その独特な世界観に圧倒された。次は柴田元幸さん訳の作品を読も…

『夏の災厄』篠田節子/感染症の小説は今は重い/祝・全米図書賞受賞の柳美里さん

『夏の災厄』篠田節子 角川文庫 2020.11.21読了 日本脳炎は、1920年代に岡山県で死者が多数発生したことからその名が付けられた。日本脳炎ウイルスを保有する蚊に刺されて発症する感染症である。今はあまり聞かないが、それでも年に10人程度は感染者が存在す…

『孔丘』宮城谷昌光/教えることは学ぶこと

『孔丘』宮城谷昌光 文藝春秋 2020.11.18読了 春秋時代の中国の思想家であり、儒教の始祖とされる孔子。孔子による思想がのちに弟子たちによって『論語』にまとめられた。この本で「孔子」ではなく「孔丘」となっているのは、著者の宮城谷さんが人間である彼…

『キャロル』パトリシア・ハイスミス/頭の中は愛する人でいっぱい

『キャロル』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳 河出文庫 2020.11.16読了 先日読んだ『太陽がいっぱい』で、リプリー作品には続きがあると知り読もうとしていたのだが、先にこの『キャロル』を読んだ。当時この小説はパトリシアさん名義ではなく、クレア…

『野球盲導犬チビの告白』井上ひさし/野球アニメを観ているかのよう

『野球盲導犬チビの告白』井上ひさし 実業之日本社文庫 2020.11.14読了 身体に障害を抱えている人でも競技ができ、かつメダルを競えるという素晴らしいスポーツのイベント、パラリンピック。オリンピックの直後に開催される世界大会である。もちろん、障害を…

『非色』有吉佐和子/結局どこでも差別は起こる

『非色(ひしょく)』有吉佐和子 河出文庫 2020.11.12読了 この作品のことは知らなかった。というのも、長らく重版未定状態にあったからだ。使われている言葉に、差別と捉えかねない表現が多くあるのだ。巻末に有吉さんのお嬢様のよせがきがあるが、戸惑いな…

『千の扉』柴崎友香/無機質な数多の引き出しの中に無数の生き方がある

『千の扉』柴崎友香 中公文庫 2020.11.10読了 東京の古い団地に引っ越してきた千歳と夫の一俊。その部屋は元々一俊の祖父が住んでいた部屋で、療養中のため戻るまで夫婦で住んで欲しいと言う。千歳は祖父から、団地内のある人物を探して欲しいとこっそりと頼…

『素数たちの孤独』パオロ・ジョルダーノ/生きることが得意でない者たち

『素数たちの孤独』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★★ ハヤカワepi文庫 2020.11.8読了 ヨーロッパでは再びロックダウンが始まり、日本でも、ここ最近の感染者数の増加に不安が高まる新型コロナウィルスの蔓延。今年の初めに流行の兆しが見え始めてから、…

『日日是好日 ー「お茶」が教えてくれた15のしあわせー』森下典子/日々の気付きを大切に

『日日是好日(にちにちこれこうじつ) ー「お茶」が教えてくれた15のしあわせー』 森下典子 新潮文庫 2020.11.6読了 朝日新聞が、本のための情報サイトとして「好書好日(こうしょこうじつ)」を運営している。たまに見ることがあるのだが、「好日」繋がり…