書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー|孤高の私立探偵マーロウ|ハードボイルドであり文学的傑作

『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー 村上春樹/訳 ★ ハヤカワ文庫 2021.2.26読了 これは素晴らしい。とんでもない名作だ。最初の数頁を読んだだけで文体に引き込まれる。探偵が登場するハードボイルド小説、という枠組みを超えて、世界で最も秀…

フルハウス「柳美里選書」が届きました

大好きな作家の一人である柳美里さんは、2015年に鎌倉から福島県南相馬市へ移り住んでいる。本を執筆しながら2018年には「フルハウス」という書店を営まれている。フルハウスでは、注文したその人のために本を選ぶ「柳美里選書」というサービスをされている…

『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子|飽かず哀し

『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子 日本経済新聞出版 2021.2.23読了 在原業平は歌人であるが、その美しい容姿から多くの女性を虜にした平安時代のプレイボーイというイメージがある。『伊勢物語』は在原業平が主人公と言われているが、それが本当かどうかも作…

『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』ジェフリー・ユージェニデス|少女たちのほのめかし

『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』ジェフリー・ユージェニデス 佐々田雅子/訳 ハヤカワepi文庫 2021.2.22読了 このタイトルにまず目を見張る。なんといっても「ヘビトンボ」だ。トンボの一種で、大顎で噛みつく習性を蛇にとらえてヘビトンボと名付け…

『マーティン・イーデン』ジャック・ロンドン|富と名声で他人を判断する

『マーティン・イーデン』ジャック・ロンドン 辻井栄滋/訳 白水社 2021.2.20読了 ジャック・ロンドン氏の作品で最も有名なのは『野性(荒野)の呼び声』だろう。私も去年読み、大自然の雄大さと生きるエネルギーを堪能した。この『マーティン・イーデン』は…

『街場の天皇論』内田樹|天皇制について考えてみよう

『街場の天皇論』内田樹 文春文庫 2021.2.19読了 2016年8月、当時の天皇陛下が「おことば」を述べられた。著者の内田樹さんは、陛下の「おことば」は、日本人が天皇制について根源的に考えるための絶好の機会を提供してくれたものと感謝の気持ちを以て受け止…

『春琴抄』谷崎潤一郎|春琴と佐助にしか見えないもの

『春琴抄』谷崎潤一郎 ★ 新潮文庫 2021.2.16読了 私は見逃してしまったが、NHKの番組『100分de名著』で島田雅彦さんが『春琴抄』を解説したらしい。谷崎さんの作品では5本の指に入るほど有名な作品だが私はいまに至るまで未読だった。 同じような出だしの小…

『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン|古代ローマに生きる女性

『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン 谷垣暁美/訳 河出文庫 2021.2.15読了 実は私は『ゲド戦記』をちゃんと読んだことがない。アニメでも観ていない。ル=グウィンさんは『ゲド戦記』の作者であるが、他にも色々なSF・ファンタジー作品を残している…

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー|ジプシーが丘の秘密

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー 矢沢聖子/訳 ハヤカワ文庫 2021.2.13読了 クリスティー作品のなかでポワロもミス・マープルも出てこないノン・シリーズだ。一番有名なのは『そして誰もいなくなった』だろう。この『終りなき夜に生れつく』は…

『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』東浩紀|失敗力をいかす

『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』東浩紀 中公新書 2021.2.13読了 多くの方がこの本を紹介され、かつ絶賛されているため、私も気になり読んでみた。「ゲンロン」という思想誌や「ゲンロンカフェ」という企画が存在することは知っていたが何をやっている…

『水と礫』藤原無雨|文藝賞どうなのよ|巻き煙草とらくだ

『水と礫(れき)』藤原無雨(むう) 河出書房新社 2021.2.12読了 今注目を集める河出書房新社主催の文藝賞。この『水と礫』は去年の第57回受賞作で一番新しい作品である。文藝賞が何故注目されているのかというと、『推し、燃ゆ』で芥川賞を取った宇佐見り…

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ|郷愁と別れ、記憶について

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 ハヤカワepi文庫 2021.2.11読了 久しぶりにカズオ・イシグロさんの本を読んだ。この本は2回めの読了だ。イシグロさんがノーベル文学賞を受賞するずっと前、綾瀬はるかさんが同名のテレビドラマを演じる…

『1984年に生まれて』郝景芳|哲学的かつ文学的な自伝体小説

『1984年に生まれて』郝景芳(ハオ・ジンファン) 櫻庭ゆみ子/訳 ★★ 中央公論新社 2021.2.9読了 少し前にジョージ・オーウェル著『一九八四年』を読んだのは、本作を読むための事前準備行為としてだった。オマージュ作品とも言えるようだし、さすがに先に読…

『雪沼とその周辺』堀江敏幸|品のある美しい文体を味わう

『雪沼とその周辺』堀江敏幸 ★ 新潮文庫 2021.2.6読了 現代日本における偉大な作家の1人である堀江敏幸さん。芥川賞を始め数多の文学賞を受賞し、早稲田大学の教授も務めている。現在では文学賞の選考委員もされている堀江さんは名前をよく目にするのだが、…

『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング|子供だけの世界で何が起きるか

『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行/訳 ハヤカワepi文庫 2021.2.5読了 ノーベル文学賞受賞作家、ウィリアム・ゴールディング氏の代表作だ。ハエはカタカナが一般的であるが、この小説では「蠅」である。「蝿」ではなく「蠅」なのが、視覚的に怖…

『アメリカン・プリズン 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』シェーン・バウアー|民間刑務所の驚くべき実態

『アメリカン・プリズン 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』シェーン・バウアー 満園真木/訳 東京創元社 2021.2.4読了 アメリカの人口は世界の5%であるのに、囚人数はなんと世界の25%を占めている。序章で語られたこの数字を見て驚く。確かに銃社会…

『コンジュジ』木崎みつ子|丁寧に育て紡がれた文章

『コンジュジ』木崎みつ子 集英社 2021.2.1読了 第44回すばる文学賞受賞作で、先日発表された芥川賞の候補作にも選ばれた本作品。候補になっている時から、私は受賞作『推し、燃ゆ』よりもこの『コンジュジ』のほうが気になっていた。 母親が家を出て、父親…

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛|マスクなしで歩ける日は来るのだろうか

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛 文春文庫 2021.1.31読了 およそ100年前にスペイン風邪が流行した時、菊池寛さん自身の経験を元にして短編『マスク』が生まれた。身体が弱いことを医師に指摘された菊池さんは、徹底的に予防をする。なるべく家…

『シーラという子 虐待されたある少女の物語』トリイ・ヘイデン|人が人に与えられる素晴らしいものを胸に

『シーラという子 虐待されたある少女の物語』トリイ・ヘイデン 入江真佐子/訳 ★★ ハヤカワ文庫 2021.1.31読了 新版ということで書店に並んでいたが、過去にベストセラーになったノンフィクションだ。ネットで調べてみると、昔刊行された本のジャケットは確…