書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2022-01-01から1年間の記事一覧

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン|ポー、大変なことになった

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン 東野さやか/訳 早川書房[早川文庫] 2022.12.29読了 ワシントン・ポーシリーズの第2作である。先月『ストーンサークルの殺人』を読み、とてもおもしろかったからあまり時間をかけずに続編を。イモレーション・マ…

『君のクイズ』小川哲|多くの読者を獲得しているはず

『君のクイズ』小川哲 朝日新聞出版 2022.12.26読了 メディアに取り上げられたり色々なところで紹介されているから、小川哲さん史上一番売れているのではないか。こんなに宣伝しなくても、小川さんの作品なら読むのに!って思う。『ゲームの王国』で心を鷲掴…

『ここはとても速い川』井戸川射子|文体から立ち昇るもの悲しさ

『ここはとても速い川』井戸川射子 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.12.25読了 井戸川射子さんは、小説家というよりも詩人として紹介されることが多い。その彼女が、この作品で選考委員満場一致で第43回野間文芸新人賞を受賞したということで、単行本刊行時から…

『タール・ベイビー』トニ・モリスン|同じ人種でも価値観がこうも異なるとは

『タール・ベイビー』トニ・モリスン 藤本和子/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.12.24読了 まるで2章分くらいカットされたものを途中から読んでいるのかと思うほど、最初の方は誰と誰の会話なのか、何をしているのか、彼らの関係性はどうなってるのか…

『天路の旅人』沢木耕太郎|未知の土地を歩くことが全てに勝る

『天路の旅人』沢木耕太郎 新潮社 2022.12.22読了 第二次世界大戦末期、敵国である中国の奥深くまで潜入した諜報員西川一三(にしかわかずみ)さんのことを書いたノンフィクション作品である。西川さんは諜報員であることを隠すため、巡礼と称して蒙古人ラマ…

『英国クリスマス幽霊譚傑作集』チャールズ・ディケンズ他 夏来健次編|クリスマスに読みたい怪談

『英国クリスマス幽霊譚傑作集』チャールズ・ディケンズ他 夏来健次編 東京創元社[創元推理文庫] 2022.12.19読了 この手の季節感がある作品(特にタイトルになっているもの)は、時期を外すと一気に読む気が失せてしまうので、クリスマス前になんとか読み…

『完全犯罪の恋』田中慎弥|文学を通した共犯関係

『完全犯罪の恋』田中慎弥 講談社[講談社文庫] 2022.12.17読了 私は田中慎弥さんの書くものが好きだが、同時に彼自身にもとても興味をそそられる。私生活はどんな風だろう、どんな人を恋愛対象にするんだろう。彼の思考と文章があれば好みの女性を一発で落…

『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン|ダイヤモンドの行方は

『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン 羽田詩津子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.12.15読了 ついに木曜殺人クラブの続編が出た!シリーズ一作目がとてもおもしろかったので、楽しみにしていた。とは言っても、読んだの…

『アンネの日記 』アンネ・フランク|死んでもなお人々の心のなかに生き続ける

『アンネの日記 増補新訂版』アンネ・フランク 深町眞理子/訳 文藝春秋[文春文庫] 2022.12.13読了 先日読んだ『あとは切手を、一枚貼るだけ』という小川洋子さんと堀江敏幸さんの共著作品(2人の書簡小説)で、小川洋子さんのパートで何度も登場したのが…

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』川内有緒|誰かと一緒に過ごして得られるもの

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』川内有緒 集英社インターナショナル 2022.12.5読了 この作品は去年の9月に刊行され、私が買った本の奥付を見ると既に9刷の版を重ねている。2022年Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した、ほ…

『銀花の蔵』遠田潤子|醬油蔵を継ぐこと、家族をたぐりよせること

『銀花の蔵』遠田潤子 新潮社[新潮文庫] 2022.12.4読了 海外小説が大好きなのに、時々疲れてしまうことがある。おそらく翻訳された文章に気疲れするのだろう。現代は優れた邦訳がとても多く、そのおかげで私たちは素晴らしい世界文学に触れることができる…

『ラブイユーズ』バルザック|散りばめられた人生の教訓と重層的な人間模様

『ラブイユーズ』オノレ・ド・バルザック 國分俊宏/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.12.3読了 バルザック著『ゴリオ爺さん』を15年ほど前に読んだ時、実は最後まで読み通せなかった。おもしろさを感じられなかったからなのか、当時はまだ翻訳ものを…

『三十光年の星たち』宮本輝|人間としての深さ、強さ、大きさを培う

『三十光年の星たち』上下 宮本輝 新潮社[新潮文庫] 2022.11.30読了 もっと古めかしい作品なのかと思っていたが、読んでみるとそうでもなかった。毎日新聞に連載された作品で、単行本になったのは平成23年だ。確かに新聞に連載になるような品行方正さがあ…

『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』ロバート・コルカー|家族とは何か

『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』ロバート・コルカー 柴田裕之/訳 ★★ 早川書房 2022.11.27読了 こんな家族が実在したなんて信じられない。統合失調症以前に、今どき12人も子供を産む夫婦がいることにまず驚く。その子供のうち半数が統合失調症になって…

『夢も見ずに眠った。』絲山秋子|夫婦の関係とは。しみじみと余韻が残る作品。

『夢も見ずに眠った。』絲山秋子 河出書房新社[河出文庫] 2022.11.24読了 日本の至る所を旅しているような、いや再び訪れて懐かしむような気分になったといったほうがいいだろうか。岡山県・倉敷、岩手県・盛岡、島根県・松島、北海道・札幌は旅で訪れたこ…

『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』C・A・ラーマー|クリスティ愛に溢れたライトなコージーもの

『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』C・A・ラーマー 高橋恭美子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.11.23読了 このタイトルと帯の文句を見ただけでワクワク感が止まらない。ミステリ好きかつクリスティ好きなんて!私は読書会というものに参加したこと…

『デッドライン』千葉雅也|本気にならず何かを結論づけることもなく

『デッドライン』千葉雅也 新潮社[新潮文庫] 2022.11.21読了 千葉雅也さんは立命館大学の教授をされており『現代思想入門』の著者で知られる哲学者である。哲学者が書いた小説、しかも芥川賞候補にもなっていたので、かねてから気になっていた作家である。…

『嫉妬/事件』アニー・エルノー|書くことで感情を解き放つ

『嫉妬/事件』アニー・エルノー 堀茂樹・菊地よしみ/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.11.20読了 アニー・エルノーさんがノーベル文学賞を受賞された時には、すでにこの作品の文庫化が決まっていたようで、早川書房さんは先見の明があるなと感心してい…

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース|ある共同体に生まれた文化を紐解く

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース 佐野正信/訳 早川書房[ハヤカワ・ノンフィクション文庫] 2022.11.19読了 コミュニケーション手段のメインが「言葉を発する会話」によるものだという概念を覆す作品だった。アメリカ東海岸・マサチュ…

『人間のしがらみ』サマセット・モーム|幸せは苦しみと同様に意味がないもの

『人間のしがらみ』上下 サマセット・モーム 河合祥一郎/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.11.18読了 まさか年に2回も同じ小説を読むとは!どれだけこの作品が好きなんだろう。『人間の絆』という邦題で広く知られる名作であるが、今回訳者の河合祥…

『本物の読書家』乗代雄介|文学観と小説蘊蓄|単行本を読む前に文庫化されてしまった

『本物の読書家』乗代雄介 講談社 2022.11.12読了 読書家に本物も偽物もあるのだろうか。まぁ、読書家を気取っているニセモノはいるかもしれない。そもそも「読書家」は「家」がつくのに個人の趣味が高じただけになっているけれど、他の「家」がつく「建築家…

『歩道橋の魔術師』呉明益|現実の世界にはない「本物」がきっとある

『歩道橋の魔術師』呉明益 天野健太郎/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.11.11読了 読んでいる自分がマジックに魅了されてしまったようだ。やられた!とかではなく、むしろ心地よい騙され感。そんな不思議な魔法に包まれている、ずっと読んでいたくなるよ…

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司|ロボットと義足ダンサーの表現法、そして介護

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司 早川書房 2022.11.9読了 帯に「10年ぶりの最高傑作」なんて書かれているけど、そもそも長谷敏司さんという作家を私は知らなかった。それもそうか、早川書房でも滅多に読まないハヤカワ文庫JAに名を連ねる方の…

『白い薔薇の淵まで』中山可穂|究極の愛を突き詰める

『白い薔薇の淵まで』中山可穂 河出書房[河出文庫] 2022.11.7読了 以前から気になっていた中山可穂さんの作品。李琴峰さんの小説の中にも登場しており、おそらく台湾をはじめとして海外でも広く読まれているのだろう。同性愛者の恋愛を描いた作品群でよく…

『牧師館の殺人』アガサ・クリスティー|わちゃわちゃ感が半端ない

『牧師館の殺人』アガサ・クリスティー 羽田詩津子 早川書房[クリスティー文庫] 2022.11.7読了 ミス・マープルシリーズの最初の長編がこの『牧師館の殺人』である。順不同に読んでいるから今さら順番はどうでもいいのだけれど、なんとなく最初の事件は早め…

『自転しながら公転する』山本文緒|そんなに幸せになろうとしなくてもいい

『自転しながら公転する』山本文緒 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.11.5読了 中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞され、評判も良かったから単行本で手に入れようと何度も思っていた。結局タイミングがあわずここまで来てしまったが、なんと2年で文庫化された。…

『ビトナ ソウルの空の下で』ル・クレジオ|雄大な空を飛ぶ自由な鳥のように

『ビトナ ソウルの空の下で』ル・クレジオ 中地義和/訳 作品社 2022.11.3読了 ノーベル賞作家、ル・クレジオさんの小説を初めて読んだ。彼はフランス人であるが、この作品の舞台は韓国・ソウル。ソウルと聞いただけで、先日の梨泰院の事故を思い出し辛くな…

『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン|ストーリーもさることながら、魅力はやはり登場人物たち

『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン 東野さやか/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2022.11.2読了 この『ストーンサークルの殺人』から始まる〈ワシントン・ポー〉シリーズは既に邦訳が3巻まで刊行されており、どれも好評だ。ようやく第1巻…

『定価のない本』門井慶喜|古書店街、本を守る人たち|神保町ブックフェスティバル・神田古本まつり

『定価のない本』門井慶喜 東京創元社[創元推理文庫] 2022.10.31読了 門井慶喜さんの小説を読むのは、直木賞受賞作『銀河鉄道の父』以来だ。この『定価のない本』は、タイトルと表紙のイラストから想像できるように、古本・古書店が主役。それも、日本一、…

『インド夜想曲』アントニオ・ダブッキ|幻想的、魅惑的な独特の世界観

『インド夜想曲』アントニオ・ダブッキ 須賀敦子/訳 白水社[白水uブックス] 2022.10.30読了 イタリア人作家の本を続けて読むことに。実はダブッキさんの作品はまだ読んだことがなくて、どれから読もうかと迷っていたが、帯にある「内面の旅行記」という言…