書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2022-01-01から1年間の記事一覧

『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ|子供の頃には理解できなかった真意

『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ 関口英子/訳 筑摩書房 2022.10.29読了 日本でいう本屋大賞なるものがイタリアにもあるようで、それを2021年に受賞されたのがこの作品である。書店員が選ぶ賞は、作家や専門家が選ぶそれよりも大衆…

『青年』森鴎外|自己の内面を見つめて成長していく

『青年』森鴎外 新潮社[新潮文庫] 2022.10.27読了 確か読んだことないはずだ。夏目漱石さんの作品はほとんど読んでいるが、そもそも森鴎外さんの作品は1~2冊しか読んでいないはず。代表作『舞姫』を読もうとした時、文語体でとてもじゃないと読めないと断…

『シンプルな情熱』アニー・エルノー|人を愛する自分自身をも愛すること

『シンプルな情熱』アニー・エルノー 堀茂樹/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.10.26読了 今年のノーベル文学賞を受賞されたアニー・エルノーさんは、82歳になるフランス人作家。自伝的作品を多く書き続けている。邦訳されている彼女の作品の中ではおそ…

『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸|手紙の世界でひとつに繋がる

『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸 中央公論新社[中公文庫] 2022.10.26読了 手紙だけでやり取りをする男女の往復書簡小説である。小川洋子さんと堀江敏幸さんがそれぞれのパートを務めている。なんと、事前にストーリーを組み立てることも…

『教誨師』堀川惠子|人間はみな弱い生き物である

『教誨師(きょうかいし)』堀川惠子 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.10.24読了 以前から書店で目にして気になっていた本である。教誨師とは「処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、最後はその死刑執行の現場に立ち会うという役回りであり、報酬もない…

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター|記憶の中を彷徨いながら未来を予測する

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.10.22読了 オースターさんがポール・ベンジャミン名義で刊行したハードボイルド作品『スクイズ・プレー』と同時に新潮文庫で刊行されたのがこの本である。2作の中編が収…

『地図と拳』小川哲|激動の時代を生きた男たち、知的興奮度が爆発

『地図と拳』小川哲 ★ 集英社 2022.10.19読了 序章を読んで、一気に引き込まれる。こんな始まり方、カッコ良すぎでしょ。自分に語彙力がないから小川さんの作品を読むたびに同じことを書いてしまうが、天才とは小川さんのような人のことを言う。巧みなストー…

『アニバーサリー』窪美澄|料理と子育て、女性の社会進出

『アニバーサリー』窪美澄 新潮社[新潮文庫] 2022.10.15読了 読む前に想像していたのは、現代女性の悩みや生き方が描かれた小説だったのに、75歳でマタニティスイミングを教える昌子の生い立ちが、つまり昭和の初め頃の描写が冒頭からかなり(全体の3分の1…

『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年』マシュー・デニソン|特別な能力のおかげで長く君臨できた

『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年』マシュー・デニソン 実川元子/訳 カンゼン 2022.10.13読了 エリザベス女王のノンフィクションで、在位70周年間近の2021年に英国で刊行された本である。日本で邦訳が出版されたのは今年の6月だ。…

『悪い夏』染井為人|不快さ満載の登場人物たち、一歩間違えれば我が身

『悪い夏』染井為人 KADOKAWA[角川文庫] 2022.10.9読了 生活保護費の不正受給問題をテーマにした社会派小説である。生活保護が行き渡るべき人にちゃんと届かず、不正な手段で保護費を受け取る人が多い。日本の実態もこうなのかと思うと、情けないし悲しく…

『ロビンソンの家』打海文三|小刻みな会話が軽妙で現代風

『ロビンソンの家』打海文三 徳間書店[徳間文庫] 2022.10.8読了 軽妙な語り口の青春ミステリー風小説である。人生に早くも飽き足りた17歳のリョウは、田舎町に祖母が建てた「Rの家」で暮らすことになる。そこで出逢った風変わりな従姉妹と親戚の伯父さん。…

『静寂の荒野』ダイアン・クック|自然と同化していく人間の本性

『静寂の荒野(ウィルダネス)』ダイアン・クック 上野元美/訳 早川書房 2022.10.6読了 雄大な自然の中で人間が生活するとはどういうことか、そのなかで親子の関係はどうなっていくのかを描いた重厚な物語である。近未来SF小説とのことで、この分野が苦手な…

『セロトニン』ミシェル・ウエルベック|孤独を選ぶ人もいる

『セロトニン』ミシェル・ウエルベック 関口涼子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.10.3読了 油絵のようなグリーンの挑発的な表紙が目立っていた単行本とはうって変わった印象。文庫本はなかなかカッコいい表紙である。色合い、タイトルと著者名のバランス…

『ドナウの旅人』宮本輝|旅に出て、自分自身を見つめ直す

『ドナウの旅人』上下 宮本輝 新潮社[新潮文庫] 2022.10.1読了 ドナウ河は、ドイツの西南端に源流があり、オーストリア、チェコスロヴァキア、ユーゴスラビア、ブルガリア、ルーマニアの7カ国を流れる3,000kmほどの長さのある河である。読み終えた今、私も…

『エリザベス女王の事件簿 ウィンザー城の殺人』S・J・ベネット|愛すべき国民の母が名探偵

『エリザベス女王の事件簿 S・J・ベネット 芹澤恵/訳 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2022.9.25読了 世界で1番キュートで、おしゃれで、慎ましくかつ知的な女性はエリザベス女王で間違いないと思う。つやつやの肌、キラキラした目、全身から光り輝く姿。英国王室…

『すべて忘れてしまうから』燃え殻|くすぐったい懐かしさとほっこりする優しさ

『すべて忘れてしまうから』燃え殻 新潮社[新潮文庫] 2022.9.23読了 燃え殻さんの小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、大人泣き必須ということで話題になり映像化もされた。著者の燃え殻さんは、映像美術の仕事をしながら執筆をしている。現代…

『人生と運命』ワシーリー・グロスマン|自分の人生を切り開くのは自分の歩みによる

『人生と運命』123 ワシーリー・グロスマン 齋藤紘一/訳 みすず書房 2022.9.22読了 現代ロシア文学の傑作として名高い大作『人生と運命』を読み終えた。全三部作でとても長かったが、タイトルから想像できるように重厚で濃密な読書時間を堪能できた。小…

『独り舞』李琴峰|台湾人から日本語を教わる

『独り舞』李琴峰 光文社[光文社文庫] 2022.9.16読了 以前読んだ李琴峰さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』がとても良かったので、デビュー作で群像新人文学賞を受賞されているこの作品を読んだ。テーマは『ポラリス〜』と似ており、性的マイノリティに悩む若…

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー|全てが集約される

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー 三川基好/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.9.15読了 タイトルにある「ゼロ時間」とは、刻一刻と迫る何かのタイムリミットなのか?いや、ここではクライマックスの最後の瞬間のことである。全てが集約されるゼロ時…

『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

『君がいないと小説は書けない』白石一文 新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了 敬愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取…

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ|死がなくなることの恐ろしさと混乱

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社 2022.9.10読了 死はどうして恐ろしいのか。『火の鳥』(手塚治虫著)で永遠の命を欲しいと願っていた人たちは、何故死を恐れ、何のために永遠に生き続けたい(死にたくない)と思っていたの…

『むらさきのスカートの女』今村夏子|他人に執着する

『むらさきのスカートの女』今村夏子 朝日新聞出版[朝日文庫] 2022.9.7読了 今村夏子さんが第161回芥川賞を受賞した作品である。単行本の時から表紙のイラストは同じだが、これなら「水玉のスカートの女」じゃないのかなぁと思っていた。 知り合いでもなん…

『月の三相』石沢麻依|面の裏側にあるもの|装幀が素晴らしい

『月の三相』石沢麻依 講談社 2022.9.6読了 芥川賞受賞作『貝に続く場所にて』がとても良かったので、受賞後第一作目となる『月の三相』を読んだ。 旧東ドイツの南マインケロートという街がこの作品の舞台となっている。「面」に惹かれた女性たち、望(のぞ…

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン|もっとオースターさんの探偵ものが読みたくなる

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン 田口俊樹/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.9.4読了 なんと、ポール・オースターさんが別名義で小説を書いていたなんて!Twitterでフォローしている方のツイート見て初めて知ったのだ。しかもこの作品はデビュー作に…

『ルコネサンス』有吉玉青|透明感と美しさが共存する父娘の物語

『ルコネサンス』有吉玉青 集英社 2022.9.3読了 著者の有吉玉青さんは有吉佐和子さんの娘である。お母さんの佐和子さんの作品は結構好きで何冊か読んでいるが、娘さんも小説を書いていたのは知らなかった。玉青と書いて「たまお」と読むこの名前がとても素敵…

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン|「ハイ!みんな!」ピップの爽快な挨拶とひたむきな信念

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン 服部京子/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2022.9.1読了 お待ちかねの『自由研究には向かない殺人』の続編である。今年の初めに『自由研究〜』を読んでめちゃくちゃおもしろくて、次回作を楽しみにしていた…

『下駄の上の卵』井上ひさし|人間の本能のところでたくましい

『下駄の上の卵』井上ひさし 新潮社[新潮文庫] 2022.8.29読了 今年の夏の高校野球の優勝校は宮城県・仙台育英だった。全て観たわけではないが、家にいてテレビをつけていると、やっぱり高校野球っていいよなぁと球児達のプレーや心意気、笑顔と涙に喝采を…

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール|子供たちに読んで欲しい物語

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール 松葉葉子/訳 小学館[小学館文庫] 2022.8.27読了 二宮和也さん主演の映画『タング』が現在公開されている。劇団四季のミュージカルも評判が良かったから、この原作は前から気になっていた。文庫の版…

『水平線』滝口悠生|全ては時空を超えてつながっている

『水平線』滝口悠生 ★★ 新潮社 2022.8.25読了 あの人と私は、海の彼方でつながってルルル 帯に書かれたこの文章。ルルル?ルルルって…。ハミングしてるのだろうか。この感じが早くも滝口悠生さんっぽい。霊的な力を持つという巫女さんから、名前がよくないと…

『杏っ子』室生犀星|親子でありながら、友達、恋人、同志のような関係性

『杏っ子(あんずっこ)』室生犀星 新潮社[新潮文庫] 2022.8.21読了 小学校か中学校の国語の教科書で室生犀星さんの詩が出てきたのを覚えている。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という書き出しだけで、詩自体の内容は全く覚えていないけど…。詩人、小…