書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2023-01-01から1年間の記事一覧

『ペストの夜』オルハン・パムク|疫病と人類の戦い|空想画を描ける人は物語る力がある

『ペストの夜』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳 早川書房 2023.6.5読了 月曜日の深夜に『激レアさんを連れてきた。』というTV番組があって、その中で「架空の駅を1万個以降考えた人」が紹介されていた。その人は駅周辺の地図やらをプロかと見まごうほどの…

『モイラ』ジュリアン・グリーン|運命の女モイラ、そして青年たち

『モイラ』ジュリアン・グリーン 石井洋二郎/訳 岩波書店[岩波文庫] 2023.5.30読了 信仰心の篤い赤毛のジョセフは、ミセス・デアの家に下宿することになり、ここから大学に通う。このジョセフという主人公がまた独特の人物だ。極度の潔癖というか、真面目…

『はだしのゲン』中沢啓治|戦争のむごさを知るべき|どんな境遇にもめげない力強さと揺るぎない信念

『はだしのゲン』1〜10 中沢啓治 汐文社 2023.5.28読了 漫画を買うことも読むことも10年ぶり位だと思う。子供の頃はそれなりに読んでいたが、いつしか小説の方に偏向していまい今に至る(なんせあの『鬼滅の刃』すら1冊も読んでないのだ)。この『はだし…

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ|透き通ったビー玉みたいで、冬山なのにあたたかい小説

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ 飯田亮介/訳 早川書房 2023.5.26読了 フォンターナ・フレッダというイタリアンアルプスにある集落を舞台にした作品。山岳小説なのに最初は不思議とそんな感じがしなくて、小さな田舎町の出来事といった印象だった。しかし…

『蝉かえる』櫻田智也|昆虫好きなほのぼの名探偵

『蝉かえる』櫻田智也 東京創元社[創元推理文庫] 2023.5.24読了 最寄りではないが自宅から徒歩圏内にあるJRの駅近くに、食用の昆虫を販売している自動販売機がある。色々な虫の種類の缶があって、ひと缶千円から二千円ほどする。そもそも一体誰がこんなも…

『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織|ひとりで生きられるようにすること

『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織 新潮社 2023.5.23読了 高齢の男女3人がホテルの部屋で銃身自殺をした。衝撃的な場面から話は始まるのだが、読んでいる間はずっと穏やかである。亡くなった3人の謎よりも、彼らと繋がりのあった残された人が死に対し…

『同調者』アルベルト・モラヴィア|正常さを追い求めたその先には

『同調者』アルベルト・モラヴィア 関口英子/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.5.22読了 世の中には、生き物を虐めたり、人を痛めつけ殺すことに快感を持つ人が少なからず存在する。犯罪者の告白や犯罪学の本などを読むと、そういった性癖が実際に…

『マーメイド・オブ・ブラックコンチ』モニーク・ロフェイ|人魚はいずれ海に帰る?

『マーメイド・オブ・ブラックコンチ』モニーク・ロフェイ 岩瀬徳子/訳 左右社 2023.5.18読了 人魚姫というと、ディズニー映画『リトル・マーメイド』のアリエルを思い浮かべる人が多いだろう。私もそうだ。この作品に登場する遠い昔からやってきたアイカイ…

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩|トルコ人の気質、トルコ文化に触れる

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩 新潮社[新潮文庫] 2023.5.15読了 読み始めて何より驚いたのが、昨日まで読んでいた津村記久子さんの『水車小屋のネネ』でヨウム(オウムの一種)が半主役だったのに、この作品でもまたオウムが主要な登場人物(人物と…

『水車小屋のネネ』津村記久子|身の回りの人に寄り添うこと、親切にすること

『水車小屋のネネ』津村記久子 毎日新聞出版 2023.5.14読了 ネネというのは、ヨウムの名前。ヨウム?オウムじゃなくて?とほとんどの人が思うだろうが、「ヨ」ウムらしい。オウムの種類のひとつで尾羽が赤い灰色の鳥である。水車小屋では、川の流れる力を水…

『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト|形のないもの、言葉にできない恐ろしさ

『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト 南條竹則/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.5.12読了 「クトゥルー神話」「ラヴクラフト」の単語はたまに目にするから、前から気になっていた。私はゲームをしないからわからないけどゲーム内にも結…

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン|私たちと同じ普通の人の普通の暮らし|ひそかな司書になる

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン 斎藤真理子/訳 ★ 亜紀書房 2023.5.10読了 タイトル通り、50人の人々が登場する作品である。目次を見てあれ?正確には51人なところがまた一興。一人一人にスポットが当てられ、一つ一つの章はほんの数ページだが、読…

『緋色の記憶』トマス・H・クック|緊迫感のある回想

『緋色の記憶』トマス・H・クック 鴻巣友季子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2023.5.7読了 なんだ、これは…。ざわざわした感覚でこの世界観に入り込み、最後の最後までこのスリルな文体に引き込まれた。著者トマス・H・クックの作品に対しては、…

『少年と犬』馳星周|新境地で直木賞を受賞

『少年と犬』馳星周 文藝春秋[文春文庫] 2023.5.3読了 犬が主役、そして人間と犬の絆を描いた作品である。動物の中でも犬は際立って人間との距離が近く寄り添うように買主に尽くす。忠犬ハチ公のイメージも強いのだろう。だからどうしてもお涙頂戴的なスト…

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン|美的快楽である文学から生まれた

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン 望月哲夫/訳 国書刊行会 2023.5.1読了 この本の佇まいからもう不穏な空気が漂っている。豊崎由美さんによる帯のコメントしかり。国書刊行会創業50周年の記念に新装版として堂々刊行された本だ。数年前から気になりすぎ…

『破果』ク・ビョンモ|強烈なインパクトを残す韓国発信文化

『破果』ク・ビョンモ 小山内園子/訳 岩波書店 2023.4.29読了 なかなか圧倒される文体である。一文もやや長めで、ひとつひとつの描写がとんでもなく細かく、豊富な比喩表現が多用されている。他人を見る観察眼が鋭い。著者のク・ビョンモさんは、文章に関し…

『モーリス』E・M・フォースター|美しく儚い純真無垢な愛

『モーリス』E・M・フォースター 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.4.26読了 先月読んだ『インドへの道』が思いのほか好みだったので、フォースターの代表作のひとつである『モーリス』を読んだ。当時の英国では同性愛は禁じられていたため、執筆した当時…

『蝙蝠か燕か』西村賢太|没後弟子を極める

『蝙蝠か燕か』西村賢太 文藝春秋 2023.4.24読了 文芸誌に掲載された短編が3編収められた、西村賢太さん没後に刊行された作品集である。藤澤清造という作家のために生きる北町貫多の思想と行動が書かれた、西村さんお得意の私小説だ。 西村さんの作品は芥川…

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット|王室事情を丹念に読み込む

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット 芦沢恵/訳 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2023.4.23読了 イギリス好きとしては、英国王室ものは外せない。しかもミステリーなんて。去年このシリーズの第一弾を読んでとてもおもしろかった…

『黄色い家』川上未映子|人間のなかのある部分、表現できないうやむやな感情

『黄色い家』川上未映子 ★★ 中央公論新社 2023.4.19読了 遅ればせながら、ようやく読み終えた。いつものことだけど、新刊発売日から間をあけずすぐに購入するくせに、勿体ぶっているのかなんなのか、しばらく放置する。で、ようやく周りのざわざわが一通り落…

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー|世界は残酷で、無慈悲で、報われない

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー 黒川敏行/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2023.4.17読了 いやはや、とても苦しい読書だった。逃げ続けて、撃たれて、撃って、多くの人が血を流し、死に絶えて、もう絶望しかないん…

『朝星夜星』朝井まかて|かつて日本で洋食を広めた人がいた

『朝星夜星』朝井まかて PHP研究所 2023.4.15読了 食べている時の幸せそうな様子を見て気に入ったから、ゆきを嫁に貰ったのだと丈吉は言う。根っからの料理人だから、食べ物で人を喜ばせ、それを直に感じたいのだろう。飲食店に限らないが、消費者の喜ぶ姿を…

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹|自信と勇気を持ちなさい

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹 ★ 文藝春秋[文春文庫] 2023.4.13読了 仲の良かった4人が突然つくるの元から去ってしまった。その理由を尋ねると「自分で考えればわかるんじゃないか」「自分に聞いてみろよ」と言われる。理由もわか…

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー|ラストが秀逸

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー 横山貞子/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.4.8読了 『善人はなかなかいない』 読み終えた後、すぐには意味がわからなかった。このラストはなにを意味しているのか、そもそもここで終わり?って…

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離|人間と動物の違い、人権とは何か

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離 講談社 2023.4.5読了 去年のメフィスト賞受賞作。講談社が主催するメフィスト賞はちょっと変わった風合いというか、わりあい突飛な作品が選ばれるイメージがある。エンタメ寄りで通が好みそうな感じ。私が手に取ったのはこの賞…

『カソウスキの行方』津村記久子|相手の良いところを見つけよう

『カソウスキの行方』津村記久子 講談社[講談社文庫] 2023.4.3読了 津村記久子さんお得意のお仕事小説かなと思っていたら、確かに職場の話ではあるけれど、アラサー女性の今後の生き方みたいなものが等身大の目線で書かれたものだ。雰囲気としては、芥川賞…

『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光|想像を絶する凄惨な虐待

『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光 ★ 文藝春秋 2023.4.2読了 この事件は記憶に残っている人が多いだろう。17歳の少女を監禁・傷害したとして中年男女が逮捕されたことから端を発して暴かれた連続殺人事件だ。しかし、あまりにも残忍だっ…

『転落』アルベール・カミュ|自分の中にある二面生

『転落』アルベール・カミュ 前山 悠/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.29読了 オランダ・アムステルダムにあるバー「メキシコ・シティ」に足を踏み入れると、クラマンスが「どうぞどうぞ」と待っていましたとばかりに語りかけてくる。バーで知り合…

『スター』朝井リョウ|作り手と受け取り手の想い

『スター』朝井リョウ 朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.3.28読了 社会人を対象にした「これから始めたい習いごと」の第一位が「動画編集」であると何かのテレビ番組で流れているのを先日見た。一般人でもYouTube、TikTokをはじめとして、世間に自分の意見を自…

『無月の譜』松浦寿輝|旅の醍醐味、人生で何かをとことんまで突き詰めること

『無月の譜』松浦寿輝 ★ 毎日新聞出版 2023.3.26読了 将棋は運では決まらない。確実に知力と知力のぶつかり合いであり、また将棋の世界の奥行きは深い。とはいえ、私自身将棋は詳しくない。2016年に藤井聡太さんが中学生でプロ棋士になり日本中で将棋が流行…