書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ|透き通ったビー玉みたいで、冬山なのにあたたかい小説

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ 飯田亮介/訳 早川書房 2023.5.26読了 フォンターナ・フレッダというイタリアンアルプスにある集落を舞台にした作品。山岳小説なのに最初は不思議とそんな感じがしなくて、小さな田舎町の出来事といった印象だった。しかし…

『蝉かえる』櫻田智也|昆虫好きなほのぼの名探偵

『蝉かえる』櫻田智也 東京創元社[創元推理文庫] 2023.5.24読了 最寄りではないが自宅から徒歩圏内にあるJRの駅近くに、食用の昆虫を販売している自動販売機がある。色々な虫の種類の缶があって、ひと缶千円から二千円ほどする。そもそも一体誰がこんなも…

『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織|ひとりで生きられるようにすること

『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織 新潮社 2023.5.23読了 高齢の男女3人がホテルの部屋で銃身自殺をした。衝撃的な場面から話は始まるのだが、読んでいる間はずっと穏やかである。亡くなった3人の謎よりも、彼らと繋がりのあった残された人が死に対し…

『同調者』アルベルト・モラヴィア|正常さを追い求めたその先には

『同調者』アルベルト・モラヴィア 関口英子/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.5.22読了 世の中には、生き物を虐めたり、人を痛めつけ殺すことに快感を持つ人が少なからず存在する。犯罪者の告白や犯罪学の本などを読むと、そういった性癖が実際に…

『マーメイド・オブ・ブラックコンチ』モニーク・ロフェイ|人魚はいずれ海に帰る?

『マーメイド・オブ・ブラックコンチ』モニーク・ロフェイ 岩瀬徳子/訳 左右社 2023.5.18読了 人魚姫というと、ディズニー映画『リトル・マーメイド』のアリエルを思い浮かべる人が多いだろう。私もそうだ。この作品に登場する遠い昔からやってきたアイカイ…

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩|トルコ人の気質、トルコ文化に触れる

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩 新潮社[新潮文庫] 2023.5.15読了 読み始めて何より驚いたのが、昨日まで読んでいた津村記久子さんの『水車小屋のネネ』でヨウム(オウムの一種)が半主役だったのに、この作品でもまたオウムが主要な登場人物(人物と…

『水車小屋のネネ』津村記久子|身の回りの人に寄り添うこと、親切にすること

『水車小屋のネネ』津村記久子 毎日新聞出版 2023.5.14読了 ネネというのは、ヨウムの名前。ヨウム?オウムじゃなくて?とほとんどの人が思うだろうが、「ヨ」ウムらしい。オウムの種類のひとつで尾羽が赤い灰色の鳥である。水車小屋では、川の流れる力を水…

『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト|形のないもの、言葉にできない恐ろしさ

『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト 南條竹則/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.5.12読了 「クトゥルー神話」「ラヴクラフト」の単語はたまに目にするから、前から気になっていた。私はゲームをしないからわからないけどゲーム内にも結…

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン|私たちと同じ普通の人の普通の暮らし|ひそかな司書になる

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン 斎藤真理子/訳 ★ 亜紀書房 2023.5.10読了 タイトル通り、50人の人々が登場する作品である。目次を見てあれ?正確には51人なところがまた一興。一人一人にスポットが当てられ、一つ一つの章はほんの数ページだが、読…

『緋色の記憶』トマス・H・クック|緊迫感のある回想

『緋色の記憶』トマス・H・クック 鴻巣友季子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2023.5.7読了 なんだ、これは…。ざわざわした感覚でこの世界観に入り込み、最後の最後までこのスリルな文体に引き込まれた。著者トマス・H・クックの作品に対しては、…

『少年と犬』馳星周|新境地で直木賞を受賞

『少年と犬』馳星周 文藝春秋[文春文庫] 2023.5.3読了 犬が主役、そして人間と犬の絆を描いた作品である。動物の中でも犬は際立って人間との距離が近く寄り添うように買主に尽くす。忠犬ハチ公のイメージも強いのだろう。だからどうしてもお涙頂戴的なスト…

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン|美的快楽である文学から生まれた

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン 望月哲夫/訳 国書刊行会 2023.5.1読了 この本の佇まいからもう不穏な空気が漂っている。豊崎由美さんによる帯のコメントしかり。国書刊行会創業50周年の記念に新装版として堂々刊行された本だ。数年前から気になりすぎ…

『破果』ク・ビョンモ|強烈なインパクトを残す韓国発信文化

『破果』ク・ビョンモ 小山内園子/訳 岩波書店 2023.4.29読了 なかなか圧倒される文体である。一文もやや長めで、ひとつひとつの描写がとんでもなく細かく、豊富な比喩表現が多用されている。他人を見る観察眼が鋭い。著者のク・ビョンモさんは、文章に関し…