書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『日本蒙昧前史』磯﨑憲一郎|あの時代に確かにあった、あんなこと、こんなこと

『日本蒙昧(もうまい)前史』磯﨑憲一郎 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.02読了 タイトルにある「蒙昧」とは「暗いこと。転じて、知識が不十分で道理にくらいこと。また、そのさま。(goo辞書より)」という意味である。ということはつまりこの作品は、日本…

『誘拐の日』チョン・ヘヨン|日本人では到底考えつかないようなストーリー

『誘拐の日』チョン・ヘヨン 米津篤八/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーBOOKS] 2023.12.30読了 韓国俳優のイ・ソンギュンさんが亡くなったというニュースを見て驚いた。どうやら自殺だったようだ。韓流にそんなに詳しくはないけれど、『パラサイト…

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト|旅行記・冒険譚と名のつくもので間違いなく一番おもしろい

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト 柴田元幸/訳 ★★ 朝日新聞出版 2023.12.27読了 小さい頃に『ガリバー旅行記』を読んだ記憶はある。とはいえ、大男が地面に横たわり、その周りを多くの小人たちがぞろぞろ歩いてるような挿絵を覚えているだけと言っ…

『存在のすべてを』塩田武士|引き摺り込まれる抜群のおもしろさ

『存在のすべてを』塩田武士 ★ 朝日新聞出版 2023.12.21読了 この殺風景な表紙が不思議だ。何が表されているのだろう。帯にある久米宏さんの「至高の愛」という言葉も気になる。 神奈川県で起きた二児同時誘拐事件、この導入から早速引き込まれる。身代金受…

『関東大震災』吉村昭|天災には怒りや恨みをぶつける相手がいない

『関東大震災』吉村昭 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.17読了 今年は関東大震災から100年が経ったということで、装い新たに(というか文庫カバーの上にぐるりと更なるカバーがかけられている)書店に並べられていた。天災は人間の力で防ぎようがない。それで…

『ばにらさま』山本文緒|日常にひそむ虚無感とままならなさ

『ばにらさま』山本文緒 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.15読了 表題作を含めた7作の短編がまとめられた本。なんて小気味良くて、心を掴まれる文章なんだろう。日常にひそむちょっとした不安定さを掬い取り、虚無感と生きることのままならなさを絶妙に描く。…

『野生の棕櫚』ウィリアム・フォークナー|交わらないのにお互いを高め合う二つの作品

『野生の棕櫚(やせいのしゅろ)』ウィリアム・フォークナー 加島祥造/訳 中央公論新社[中公文庫] 2023.12.12読了 フォークナーの小説を読むときは心を静謐に保ち、雑音を排除する必要がある。そうしないと頭に入ってこないのだ。タイトルにある漢字の「…

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ|保健師探偵イモージェンが魅力的

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ 猪俣美江子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2023.12.06読了 保健室の先生って、優しかったよなぁ。小学校でも中学校でもその記憶はある。私は保健室に入り浸る生徒ではなかったけれど、包容感…

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻|結局、がんというのは何ものなの?

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻 宝島社[宝島社文庫] 2023.12.04読了 副題の一部になっている「寛解(かんかい)」の意味は、医学用語で「がんの症状が軽減したこと」である。つまり、完全寛解とは、がんが完全に消滅して検査値も正常を示す状態の…

『結婚/毒 コペンハーゲン三部作』トーヴェ・ディトレウセン|情熱的なトーヴェの生き方こそ詩的だ

『結婚/毒 コペンハーゲン三部作』トーヴェ・ディトレウセン 批谷(ひたに)玲子/訳 ★ みすず書房 2023.12.02読了 デンマークの作家といえば、アンデルセンがぱっと思い浮かぶ。というか、他に誰がいるだろう?首をひねっても出てこない。このトーヴェ・デ…

『田舎教師』田山花袋|退屈なのに名作

『田舎教師』田山花袋 新潮社[新潮文庫] 2023.11.28読了 田山花袋といえば『布団』である。布団の匂いを嗅ぐ中年男性の姿がよく取り上げられており、花袋の名前だけは知っている方は多いだろう。実は私も名前を知っていただけで、花袋の作品を読むのは初め…

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン|切なく儚い幻想的な世界

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン 川野太郎/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.11.25読了 この作品はスタージョンの最初の長編小説で1950年に刊行された。もともと早川書房から邦訳されていたが、この度新訳としてちくま文庫から刊行されたものである。…

『スモールワールズ』一穂ミチ|『世にも奇妙な物語』のようなドラマにぴったり

『スモールワールズ』一穂ミチ 講談社[講談社文庫] 2023.11.24読了 一穂ミチさんの作品は直木賞候補や本屋大賞候補にもなったから、気になっていた作家さんの1人だ。単行本と同じジャケットで、初版限定で特製しおりが挿入されていた(写真で本の上にある…

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直|真実と虚構の間を彷徨い、頭がぐらぐら。それが楽しい。

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直 河出書房新社[河出文庫] 2023.11.23読了 いやはや、文庫になるの早すぎでしょ。単行本が出てから2年あまりで文庫化されている。読売文学賞を受賞しているからか。ともあれ単行本を買うかかなり悩んでいた私に…

『ルポ路上生活』國友公司|太ったホームレスがいるんです

『ルポ路上生活』國友公司 彩図社 2023.11.20読了 住む場所の近くに、散歩やジョギングが出来るような道があるかどうかは私にとって結構大きなポイントになる。できれば信号を渡る回数が少なく、なるべく見晴らしがいいコースが良い。そうでないと、家を出る…

『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』ガブリエル・ゼヴィン|愛おしい友愛の物語

『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』ガブリエル・ゼヴィン 池田真紀子/訳 ★ 早川書房 2023.11.19読了 私は今まで生きてきて、ゲームに関わった時間はほんの僅かしかない。小学生の頃に姉妹で一緒にゲームボーイを持っていたのと、友達…

『神よ憐れみたまえ』小池真理子|百々子の数奇な運命はいかに

『神よ憐れみたまえ』小池真理子 新潮社[新潮文庫] 2023.11.15読了 久しぶりに小池真理子さんの小説を読んだ。彼女の本は恋愛コテコテのものが多くてなんとなく遠のいていたのだけど、この本はどっぷりと物語世界に浸れるなかなか骨太の作品であった。表紙…

『ドラキュラ』ブラム・ストーカー|精神医学の見地から解き明かす

『ドラキュラ』ブラム・ストーカー 唐戸信嘉/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.11.12読了 ドラキュラって、ちゃんと原作を読んだことないよなぁ…。夜になると人間の血を吸う吸血鬼になること、黒いマントをたなびかせ牙を剥く姿、そしてディズニー映…

『サキの忘れ物』津村記久子|本は「おもしろい」とか「つまらない」だけではない

『サキの忘れ物』津村記久子 新潮社[新潮文庫] 2023.11.7読了 サキという人が忘れた物のことではない。O・ヘンリーと並んで短編の名手とも言われている「サキ」という海外小説家の本が喫茶店に忘れられていた。私はサキの作品はまだ読んだことがない。 小…

『亡霊の地』陳思宏|思考すればするほど安楽から遠のく

『亡霊の地』陳思宏(ちんしこう) 三須祐介/訳 早川書房 2023.11.5読了 最近台湾関連の作品は数多い。台湾人が書いたものもあれば日本人が書いたものも多い。どれもがゆるやかで優しいイメージがつきまとう。どこか馴染みのある、妙に落ち着く印象を持つの…

『心淋し川』西條奈加|淋しさは人間独特の感情で、良いじゃないか

『心淋し川(うらさびしがわ)』西條奈加 ★ 集英社[集英社文庫] 2023.11.2読了 第164回直木賞受賞作品である。文庫になってからなのでだいぶ遅くなってしまったが、心温まり気持ちが晴れやかになる充実した読書時間となった。連作短編は読みやすい反面しば…

『運河の家 人殺し』ジョルジュ・シムノン|シムノン独特の文体でゾワリと怖気立つ

『運河の家 人殺し』ジョルジュ・シムノン 森井良/訳 幻戯書房[ルリユール叢書] 2023.10.31読了 著者ジョルジュ・シムノンは、フランスの大作家である(国籍はベルギー)。ハヤカワ文庫で「メグレ警視」シリーズが新訳で復刊されているのを見て、恥ずかし…

『コスモポリタンズ』サマセット・モーム|毎日寝る前に1作づつ読みたい

『コスモポリタンズ』サマセット・モーム 龍口直太郎/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.10.29読了 アメリカの月刊雑誌『コスモポリタン』に1924年から1929年にかけて掲載された短編をまとめたものである。序文のなかでモームは「ただこれらの物語を面白いと…

『惑う星』リチャード・パワーズ|人間以外の生き物が何を感じているか

『惑う星』リチャード・パワーズ 木原善彦/訳 新潮社 2023.10.26読了 一瞬、星が惑うとはどういうことだろうと考えてしまう。タイトルは「惑星」のことだが、「惑う星」とあるといささか戸惑う。地球を含めた恒星(一番近いのは太陽)のまわりにある天体に…

『神秘』白石一文|自分を労わること、原因を突き止めること|記憶とは感覚による部分が大きい

『神秘』上下 白石一文 毎日新聞出版[毎日文庫] 2023.10.24読了 読んだことがあるという予感があったが、それでもいいやと思い手に取った。再読も辞さないと思える白石一文さんの作品だから。特に私は昔の作品が好きである。とはいえ、この小説は2014年に…

『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴|強烈な個性を発揮する人物らの生き様に惚れ惚れする

『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴 ★ 岩波書店[岩波現代文庫] 2023.10.21読了 村山由佳さんの『風よあらしよ』を読んで、伊藤野枝さんの熱い人間性とその生き方に圧倒された。この作品は、故瀬戸内寂聴さんが94歳の時に、ご自身が「今も読ん…

『トゥルー・クライム・ストーリー』ジョセフ・ノックス|読んで自分がどう感じるか、それがすべて

『トゥルー・クライム・ストーリー』ジョセフ・ノックス 池田真紀子/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.10.17読了 被害者も関係者も、作者自身すら信用できない。語りを中心に構成される文章(メールやSNSもある)、そして挿入される作中作。私の苦手なものが満載…

『柴田元幸翻訳叢書 ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』|怪奇小説よりの粒揃いの名作短編

『柴田元幸翻訳叢書 ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』柴田元幸/編訳 スイッチ・パブリッシング 2023.10.14読了 愛でたくなるような美しい本だ。柴田元幸さんが厳選し自ら訳した英文学の短編傑作が12作収められている。この叢書シリーズには、…

『鵼の碑』京極夏彦|蘊蓄たらたらがこのシリーズの醍醐味

『鵼の碑(ぬえのいしぶみ)』京極夏彦 講談社[講談社ノベルス] 2023.10.11読了 本が好きなら大抵の人が一度はハマったことがあるだろう京極夏彦さんの百鬼夜行シリーズ。中禅寺、榎津、関口、木場など懐かしの登場人物たちが勢揃い。ベストセラーを生み出…

『マルナータ 不幸を呼ぶ子』ベアトリーチェ・サルヴィオーニ|読んでいる間守られている感がある

『マルナータ 不幸を呼ぶ子』ベアトリーチェ・サルヴィオーニ 関口英子/訳 河出書房新社 2023.10.8読了 小中学生の頃、学年に2〜3人は悪ガキ男子がいた。どうしてか決まって彼らは見た目も良いことが多くて人気があった。そして女子も同じ。周りの友達より…