書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

『正体』染井為人 ★ 光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了 は〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おも…

『八甲田山死の彷徨』新田次郎|成功と失敗、組織のリーダーとは|天はわれ達を見放した

『八甲田山死の彷徨(ほうこう)』新田次郎 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2022.7.6読了 これは明治35年に青森で実際に起きた八甲田山の遭難事故を元にして作られた小説である。記録文学に近い。そもそも何の目的でこのような行軍があったのかというと、ロシアとの…

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ|対称でありながら非対称

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ 東京創元社[創元文芸文庫] 2022.7.4読了 町田そのこさんは『52ヘルツのクジラたち』で昨年本屋大賞を受賞された。感涙小説と絶賛されているから読もう読もうと思いながらも、なんとなく機会を逸してしまっている。 …

『らんちう』赤松利市|人間の業をせせら笑いながら見つめているのだろう

『らんちう』赤松利市 双葉社[双葉文庫] 2022.7.2読了 らんちうとは、奇形の高級金魚「らんちゅう」のこと。なんと一匹200万円もするという。調べてみると、背びれがなく、ずんぐりとした身体を持つ赤い金魚だった。金魚というと、私はお祭りの屋台にある…

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン|親友の語りを聞いているようで楽しくなる

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン 芹澤恵/訳 集英社 2022.6.30読了 表紙のイラストがとても気になって、パラパラとめくってみる。導入から自分の好みに感じたし、集英社のなめらかな字体が読みやすい。ソフトカバーであることも…

『ポラリスが降り注ぐ夜』李琴峰|台湾の方が美しい日本語で小説を書く

『ポラリスが降り注ぐ夜』李琴峰(り・ことみ) 筑摩書房[ちくま文庫] 2022.6.25読了 台湾出身の李琴峰さんは、昨年『彼岸花が咲く島』で芥川賞を受賞された。同時受賞の石沢麻依子さんの『貝に続く場所にて』がとても良かったから李さんの作品を読むこと…

『嘘の木』フランシス・ハーディング|純真無垢な心でファンタジーを読む

『嘘の木』フランシス・ハーディング 児玉敦子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.6.22読了 フランシス・ハーディングさんの小説は前から気になっていた。児童文学のようだからちょっと手を出しにくかったのだが、この本が文庫になっていたのでようやく読…

『いるいないみらい』窪美澄|いろいろな家族のかたち

『いるいないみらい』窪美澄 KADOKAWA[角川文庫] 2022.6.19読了 タイトルの「いる」「いない」とは、自分に子供が「いる」か「いない」かの未来のことである。つまり、赤ちゃんを産むか産まないか、産めるか産めないか、家族をつくるかつくらないか、そう…

『マーダーハウス』五十嵐貴久|青春小説風だけど殺人館

『マーダーハウス』五十嵐貴久 実業之日本社[実業之日本社文庫] 2022.6.18読了 五十嵐貴久さんといえば、ドラマ化もされた『リカ』が有名である。私はドラマも見ていなく小説も読んでいない。結構グロくてサイコパスを描いているというのは何となく知って…

『現代生活独習ノート』津村記久子|単独で学習する現代人

『現代生活独習ノート』津村記久子 講談社 2022.6.16読了 去年の11月に刊行された津村記久子さんの短編集を読んだ。過去に文芸誌に掲載された8つの作品が収められている。タイトルに「生活独習」とあるように、なんらかの物事を独りで学習するようなストーリ…

『長い別れ』レイモンド・チャンドラー|ギムレットと男の友情

『長い別れ』レイモンド・チャンドラー 田口俊樹/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2022.6.15読了 去年村上春樹さん訳『ロング・グッドバイ』を読んだばかりなのに。過去に清水俊二さん訳『長いお別れ』も読んだことがあるから、この作品を読むのは訳者を変…

『いかれころ』三国美千子|人生なんてそんなもの

『いかれころ』三国美千子 新潮社[新潮文庫] 2022.6.12読了 三島由紀夫賞と新潮新人賞を同時受賞したということで、単行本刊行時からとても気になっていた作品である。三国美千子さんの文章を読んでみたいと思っていたら今年になりこの作品が文庫化されて…

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ|息もつかせぬ展開、これはドラマのほうが良さそう

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ 髙橋恭美子/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーbooks] 2022.6.11読了 見慣れないタイトルの『チェスナットマン』という単語は「栗人形」のこと。そもそも栗人形というのが日本では馴染みがないけど…

『高架線』滝口悠生|おもしろい賃貸物件と語りの美学を堪能

『高架線』滝口悠生 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.6.7読了 次の入居者を自分で見つけることが賃貸に住む条件というのはなかなかおもろい。不動産屋を通さずに済むから、貸主も借主も余計な手数料がかからず、その分家賃が破格なのだ。まぁ、契約書やら重要事…

『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』三上延|実在の本にまつわる柔らかな謎解き

『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』三上延 KADOKAWA[メディアワークス文庫] 2022.6.4読了 先日三上延さんの『同潤会代官山アパートメント』を読んだ。その時に気軽に読めるものを欲していたせいか、柔らかな文体に気分をほぐされ、…

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート|辛く苦しいのに美しい物語

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート 黒原敏行/訳 早川書房 2022.6.2読了 タイトルのシャギー・ベインとは主人公の男の子の名前である。スコットランドのグラスゴーを舞台とした、シャギーが5歳から16歳になるまでを母親アグネスとの関係を中心に描…

『女徳』瀬戸内寂聴|生まれながら男を虜にする性

『女徳』瀬戸内寂聴 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.5.28読了 先日、窪美澄さん著『朱より赤く』を読み高岡智照尼の存在が気になったのでこの本を読んだ。智照尼のことをもっと知りたくなったのだ。これも小説ではあるが、ほぼ真実に近いとされている。新潮文庫…

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香|不動産にまつわる数々のドラマ

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香 集英社[集英社文庫] 2022.5.24読了 原田ひ香さんの『三千円のつかいかた』はベストセラーになり書店でもうず高く積み上げられていた。金融関係の本かと思っていたが小説だと知ったのも結構最近であ…

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ|短編を読むのはその作家が好きだから

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.5.23読了 カズオ・イシグロさんの短編集を読んだ。彼の短編を読むのは初めてである。短編を集めたものではなく書き下ろしの短編が5作収められ…

『天才』石原慎太郎|鋭い先見の明で日本を立て直す|そして、絶筆

『天才』石原慎太郎 幻冬社[幻冬舎文庫] 2022.5.22読了 大物になる人物は得てしてそうであるが、子供の頃の角栄さんも飛び抜けて頭が良く、小さいうちから物事の道理をわきまえ、根回しといったものを自然と覚え骨肉としていった。 何がすごいって、角栄さ…

『大鞠家殺人事件』芦辺拓|滑稽に語られる大阪船場の物語

『大鞠家殺人事件』芦辺拓 東京創元社 2022.5.21読了 既に多くの作品を出しているようなのに初めて名前を知った作家さんだ。この作品で日本推理作家協会賞を受賞されたと知り、思わず衝動買いしてしまった。わかりやすくベタなタイトルに意外とオーソドック…

『かか』宇佐見りん|この感性とこの文体が訴えかけてくる

『かか』宇佐見りん 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.19読了 冒頭からはっとする。この感性はどうしたものだろう。この文体はどこから湧き出るのだろう。女性にしかわからないであろう、金魚と見紛うその正体は大人の女性になったと実感するものである。 読…

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス|忍耐と狂気の人間ヴィクの心理をさぐる

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.18読了 河出文庫からハイスミスさんの小説の改訳版が出た。久しぶりにあのゾクゾク感を味わいたくなった。彼女の小説は2作しか読んでいないが、どちらもおもしろく引き…

『ブラックボックス』砂川文次|レールにしがみつきながら

『ブラックボックス』砂川文次 講談社 2022.5.16読了 砂川文次さんといえば、前から『小隊』という作品が気になっていたが、まずはこの第166回芥川賞受賞作から読むことにした。芥川賞授賞式での怒りのコメントが印象に残る。まぁ、田中慎弥さんの会見ほどの…

『食べて、祈って、恋をして』エリザベス・ギルバート|自分を見つめ直し精神のバランスを取る

『食べて、祈って、恋をして』エリザベス・ギルバート 那波かおり/訳 早川書房[ハヤカワノンフィクション文庫] 2022.5.15読了 ジュリア・ロバーツ主演の同名映画がとても良かったと最近私の耳に入った。映画自体は2010年に放映された。その原作がこの本で…

『同潤会代官山アパートメント』三上延|くやしさを糧にして生きていく

『同潤会代官山アパートメント』三上延 新潮社[新潮文庫] 2022.5.11読了 同潤会アパートという単語は何度か目にしたことがある。関東大震災後に作られた耐火・耐震構造の鉄筋コンクリート造のマンションで、当時最先端の集合住宅であった。表参道ヒルズが…

『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア|館で起こる怪奇世界にようこそ

『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア 青木純子/訳 ★ 早川書房 2022.5.9読了 ゴシック小説の定義はよくわからないけど、とにかく最初から最後までとてもおもしろく読めた。ストーリー性と重厚さを併せ持つ作品には最近巡り合っていなかった…

『人間』又吉直樹|色々な人間がいていい

『人間』又吉直樹 KADOKAWA [角川文庫] 2022.5.7読了 又吉直樹さんの作品は、芥川賞受賞作『火花』だけしか読んでいなかった。当時世間をものすごく賑わせて「芸人が書いたものか〜」「芥川賞も結局話題性を重視して選んだのか」と私も少し勘ぐっていた1人…

『秘密機関』アガサ・クリスティー|何者をも恐れず突き進む精神

『秘密機関』アガサ・クリスティー 嵯峨静江/訳 早川書房[ハヤカワクリスティー文庫] 2022.5.5読了 ポアロでもミス・マープルでもないクリスティーさんのもう一つのシリーズものが「トミー&タペンス」で、その1作目がこの『秘密機関』である。私もここま…

『この道』古井由吉|人間の死を悟るように

『この道』古井由吉 講談社[講談社文庫] 2022.5.1読了 久しぶりに古井由吉さんの本を読んだ。古井さんの文体に触れるときは雨の日が似合う。現在このような静謐な空気をまとう文章を書く人はいないのではないか。 基本的には古井さん本人だと思われる老人…