書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(あ行の作家)

『むらさきのスカートの女』今村夏子|他人に執着する

『むらさきのスカートの女』今村夏子 朝日新聞出版[朝日文庫] 2022.9.7読了 今村夏子さんが第161回芥川賞を受賞した作品である。単行本の時から表紙のイラストは同じだが、これなら「水玉のスカートの女」じゃないのかなぁと思っていた。 知り合いでもなん…

『月の三相』石沢麻依|面の裏側にあるもの|装幀が素晴らしい

『月の三相』石沢麻依 講談社 2022.9.6読了 芥川賞受賞作『貝に続く場所にて』がとても良かったので、受賞後第一作目となる『月の三相』を読んだ。 旧東ドイツの南マインケロートという街がこの作品の舞台となっている。「面」に惹かれた女性たち、望(のぞ…

『ルコネサンス』有吉玉青|透明感と美しさが共存する父娘の物語

『ルコネサンス』有吉玉青 集英社 2022.9.3読了 著者の有吉玉青さんは有吉佐和子さんの娘である。お母さんの佐和子さんの作品は結構好きで何冊か読んでいるが、娘さんも小説を書いていたのは知らなかった。玉青と書いて「たまお」と読むこの名前がとても素敵…

『下駄の上の卵』井上ひさし|人間の本能のところでたくましい

『下駄の上の卵』井上ひさし 新潮社[新潮文庫] 2022.8.29読了 今年の夏の高校野球の優勝校は宮城県・仙台育英だった。全て観たわけではないが、家にいてテレビをつけていると、やっぱり高校野球っていいよなぁと球児達のプレーや心意気、笑顔と涙に喝采を…

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁|大阪弁による軽妙な語りと蘊蓄を楽しむ

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁 新潮社[新潮文庫] 2022.8.6読了 受賞は逃したけれど本屋大賞にノミネートされた『残月記』は、あまり体験したことのない読後感であり、今でも印象深く心に残っている。この小説は、小田雅久仁さんが2012年に刊行…

『嘘と正典』小川哲|小川さんの文章はクールすぎる

『嘘と正典』小川哲 早川書房[ハヤカワ文庫JA] 2022.7.18読了 直木賞候補にもなっていたから単行本刊行時にとても気になっていた本。ようやく文庫になって迷わず購入した。小川哲さんといえば、『ゲームの王国』を読んだ時の衝撃を今でも忘れられないし、…

『らんちう』赤松利市|人間の業をせせら笑いながら見つめているのだろう

『らんちう』赤松利市 双葉社[双葉文庫] 2022.7.2読了 らんちうとは、奇形の高級金魚「らんちゅう」のこと。なんと一匹200万円もするという。調べてみると、背びれがなく、ずんぐりとした身体を持つ赤い金魚だった。金魚というと、私はお祭りの屋台にある…

『マーダーハウス』五十嵐貴久|青春小説風だけど殺人館

『マーダーハウス』五十嵐貴久 実業之日本社[実業之日本社文庫] 2022.6.18読了 五十嵐貴久さんといえば、ドラマ化もされた『リカ』が有名である。私はドラマも見ていなく小説も読んでいない。結構グロくてサイコパスを描いているというのは何となく知って…

『天才』石原慎太郎|鋭い先見の明で日本を立て直す|そして、絶筆

『天才』石原慎太郎 幻冬社[幻冬舎文庫] 2022.5.22読了 大物になる人物は得てしてそうであるが、子供の頃の角栄さんも飛び抜けて頭が良く、小さいうちから物事の道理をわきまえ、根回しといったものを自然と覚え骨肉としていった。 何がすごいって、角栄さ…

『大鞠家殺人事件』芦辺拓|滑稽に語られる大阪船場の物語

『大鞠家殺人事件』芦辺拓 東京創元社 2022.5.21読了 既に多くの作品を出しているようなのに初めて名前を知った作家さんだ。この作品で日本推理作家協会賞を受賞されたと知り、思わず衝動買いしてしまった。わかりやすくベタなタイトルに意外とオーソドック…

『かか』宇佐見りん|この感性とこの文体が訴えかけてくる

『かか』宇佐見りん 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.19読了 冒頭からはっとする。この感性はどうしたものだろう。この文体はどこから湧き出るのだろう。女性にしかわからないであろう、金魚と見紛うその正体は大人の女性になったと実感するものである。 読…

『世界地図の下書き』朝井リョウ|身体と心、一番成長する時期にどう生きるか

『世界地図の下書き』朝井リョウ 集英社[集英社文庫] 2022.4.21読了 久しぶりに朝井リョウさんの小説を読んだ。もしかすると直木賞受賞作『何者』以来かもしれない。私の中で朝井さんは、小説界の「時代の寵児」というイメージだ。 両親を事故で亡くし、児…

『最果てアーケード』小川洋子|余韻を楽しめ、優しい気持ちになれる

『最果てアーケード』小川洋子 講談社[講談社文庫] 2022.3.22読了 ほんの数ページ読んだだけで、小川洋子さんの書く可憐で美しい、そして儚げな文体に落ち着きを感じる。心にストンと落ちていく。ゆっくりと、一つ一つの文章を噛み締めながら読んでいく。 …

『弟』石原慎太郎|唯一無二のかけがえのない存在

『弟』石原慎太郎 ★ 幻冬舎[幻冬舎文庫] 2022.3.9読了 私が物心ついた頃に石原裕次郎さんは活躍していたはずなのに記憶にない。報道番組で流れる昔の映像でしか私の中で裕次郎像はない。裕次郎さんの映画も1作も観たことはない。慎太郎さんはどうかと言え…

『食卓のない家』円地文子|家族とは、個人とは

『食卓のない家』円地文子 ★ 中央公論新社[中公文庫] 2022.3.2読了 あさま山荘事件からちょうど50年なのか。この本を読み始めた夜、たまたまテレビの報道番組で映像が流れていたから驚いた。なるほど、だからこの作品が文庫本で装い新たに刊行されたのだ。…

『太陽の季節』石原慎太郎|回想の使い方が絶妙

『太陽の季節』石原慎太郎 新潮文庫 2022.2.14読了 今月の初め、石原慎太郎さんご逝去のニュースが日本中を駆け巡った。昭和・平成を代表する偉人がまた1人、この世を去った。私のなかで石原慎太郎さんは政治家、ことに東京都知事の印象しかない。作家である…

『ボダ子』赤松利市|こすい人間、でも気になる。これ、なんなん!

『ボダ子』赤松利市 新潮文庫 2022.2.3読了 ボーダーとは境界性人格障害と呼ばれる深刻な精神障害で、それは成長とともに軽快する障害だが、その一方で、成人までの自殺率が十パーセントを超えるという。(7頁) その、ボーダーだから『ボダ子』である。作品…

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬|狙撃兵の境地とは、真の敵とは

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬 早川書房 2022.1.15読了 選考委員満場一致(しかも満票)で去年のアガサ・クリスティー賞を受賞した本作品。単行本が刊行される前から話題になっていたので、私も楽しみにしていた。これが逢坂冬馬さんのデビュー作で、な…

『残月記』小田雅久仁|独特な世界観に魅せられる

『残月記』小田雅久仁 双葉社 2022.1.5読了 月の見方が変わってしまった。この本には、月にまつわる3つの中短編が収められている。巧みなストーリーテリングに感服し、本から立ち昇る不気味な様子がたまらない。こんな小説を書く人がいたなんて。小田雅久仁…

『昭和の名短篇』荒川洋治編|良質な日本語で書かれた純文学

『昭和の名短篇』荒川洋治編 中公文庫 2021.12.11読了 昭和の文豪14人の短篇が収められた中公文庫オリジナルの短編集が先日刊行された。名だたる作家ぞろいなのだろうが、半分くらいしか知らなかった。 印象に残った作品は下記の3つだ。 『萩のもんかきや』…

『たそがれてゆく子さん』伊藤比呂美|老い先の指南書

『たそがれてゆく子さん』伊藤比呂美 中公文庫 2021.12.8読了 書店に『ショローの女』という本が新刊で積み上げられているのを目にした。ショローって、初老だよなぁ。初老は、今はだいたい50〜60歳くらいを指すようだが、平均寿命がまだ低かった昔は40歳を…

『平場の月』朝倉かすみ|口調だけで年齢はわからない

『平場の月』朝倉かすみ 光文社文庫 2021.11.20読了 大人の恋愛小説と謳われているこの作品、50歳の中年男女を主人公にした小説である。かつての同級生と再会し、この年齢でこんな関係になるなんてなかなかないだろうと思いながら読み進めた。決してドロドロ…

『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一 小川洋子|因果という考えを持たないゴリラ

『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一 小川洋子 新潮文庫 2021.11.16読了 霊長類学者の山極寿一(やまぎわじゅいち)さんと、小説家小川洋子さんの対談集である。なんと、ゴリラにまつわるもの。猿好きとしてはもちろんたまらない。山極先生は、ゴリラ研究の第…

『雲上雲下』朝井まかて|古くから伝わる民話の復興を

『雲上雲下(うんじょううんげ)』朝井まかて 徳間文庫 2021.11.13読了 子供の頃にテレビで観た「まんが日本昔ばなし」を思い出した。必ずあのテーマ曲とセットだ。「ぼうや~ 良い子だ ねんねしな」という歌声とともに、竜に乗った男の子が画面いっぱいにな…

『叫び声』大江健三郎|青春時代の難所

『叫び声』大江健三郎 講談社文芸文庫 2021.11.8読了 悩み大き青春の時代を歩む若者にこの本を読んで欲しい、そして人生の最初の難所を克服する助けとなれば、という思いで大江さんはこの小説を書いたそうだ。でも、若者でこの作品が理解できる人はそうそう…

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼|話題作は気になりますね

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼 講談社文庫 2021.10.9読了 単行本が刊行された2年前、かなり話題になっていたのも知っていたが、私は読まないだろうと思っていた。美少女チックな表紙のイラスト、城塚翡翠(じょうづかひすい)なんていうキラキラネー…

『満潮の時刻』遠藤周作|入院生活でみえてくるもの

『満潮の時刻』遠藤周作 新潮文庫 2021.9.24読了 久しぶりに遠藤周作さんの小説を読んだ。この作品は没後2年してから上梓されたようで、長編であるのにあまり有名ではない。作品の中にある欠点(時間経過がそぐわない箇所がある等の違和感程度)を補ってから…

『生き物の死にざま』稲垣栄洋|自然界を懸命に生きる

『生き物の死にざま』稲垣栄洋 草思社 2021.9.2読了 先日、家の中に入り込んできた蚊を掃除機で吸い込んだ。なかなか叩くチャンスがなく(本当は潰したくないけど家にいるのが気になる)、天井付近にいたのをなんとか仕留めた。蚊は掃除機の中で息絶えると思…

『黒い雨』井伏鱒二|被爆してもなお日常を生きる

『黒い雨』井伏鱒二 新潮文庫 2021.8.12読了 井伏鱒二さんの『山椒魚』は高校の現代文の教科書に載っていると言われているが、私は学んだ記憶がない。教科書の種類が違ったのか、時代が違ったのか。そもそも小中学校とは違って、高校では先生の好みで教科書…

『ブラック・チェンバー・ミュージック』阿部和重|エンタメ感満載|オリンピック卓球女子、文学的解説者のこと

『ブラック・チェンバー・ミュージック』阿部和重 毎日新聞出版 2021.7.29読了 待ってました、阿部和重さん!新刊が出ると必ず読んでいる作家の1人。阿部和重さんと川上未映子さんのご夫婦は最強すぎる。今回の本は毎日新聞出版からということで珍しいと思っ…