岩波文庫 2019.3.3読了
谷崎潤一郎といえば、『痴人の愛』『細雪』『卍』『春琴抄』が抜群に有名であるが、『蓼喰う虫』を読んでいる人はそう多くはないかもしれない。私もタイトルを知っていただけで初読みである。「蓼食う虫も好き好き」ということわざはよく耳にすると思う。これは、辛い蓼(たで)を食う虫もあるように、人の好みはさまざまであるということ。主に男女の好みについて例えられることが多いようだ。この小説もそんなような話。
円満に離婚するにはどうすれば良いのかを探っている夫がどうしようこうしようかと悩み悶える心理が細かく書かれている。谷崎さんが表現する文章には何と文学的センスに溢れていることだろう。
その他の点では、趣味も、思想も、合わないところはないのである。夫には妻が「女」ではなく、妻には夫が「男」ではないという関係、―—夫婦でないものが夫婦になっているという意識が気づまりな思いをさせるのであって、もし二人が友達であったらかえって仲良く行ったかもしれない。(その五 78頁)
夫婦がこうでなくてはならないという定義はない。人の好みがさまざまなのと同様に、男女の在り方、夫婦の在り方もさまざまであって良いのだ。
昔から男女の仲の在り様や揉め事は変わらない。夫婦も人ぞれぞれ。スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』の中の主人公の恋人だってあんなに理想的な夫がいながら堂々としているではないか。もちろん夫も公認だからだろう、それがあるべき姿であるかのように気高く振舞っている。むしろ小説に出てくるのはそんなような関係(世間ではタブーとされているような関係)の方が多い。ちなみに、今回の小説は谷崎さんとその妻、ある男性との三角関係を描いた私小説であるという見解もあるようだが、どうなのだろう。まぁ、人それぞれだから何でもいいのだが。