書に耽る猿たち

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『春の戴冠』 辻邦生 / 花の都フィレンツェを思い浮かべながら

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『春の戴冠』1〜4  辻邦生

中公文庫  2019.7.25読了

 

僂(せむし)のトマソが不気味なほどの存在感を発揮している。せむしという言葉は日本では差別用語として禁じられていると思うが、何故かせむしの人は小説においてキーとなる人物であることが多い。せむし男と聞いて思いつくのが、『ノートル・ダム・ド・パリ』のカジモドだ。彼は主人公である。ディズニー映画の『ノートルダムの鐘』のこけ色の服を着た歪んだ顔のイメージだったが、ユーゴ―の小説を読んで初めて、彼がせむし男であることとその意味を知った。だから、せむしといえば、見た目は不細工、その背骨の出っ張り具合がより容貌を恐ろしくしているというイメージだった。しかし、このトマソはどうだろう。背中に瘤が出ているという一点を除けば、端正な顔や長い手足、そして高い知性、圧倒的な魅力があり女性の虜なのだ。

んでいる間気になって仕方がなかったトマソのことをついつい語ってしまったが、これは老古典ギリシャ学者フェデリゴが、幼なじみサンドロ・ボッティチェルリの生涯を回想形式で綴った物語である。フェデリゴとサンドロの生き方が軸ではあるが、前半は美しいシモネッタとジュリア―ノの恋物語を、後半はメディチ家の経済破綻など政治的な問題をテーマにして話が進む。サンドロが何を思い何を絵に描くのかが主題なのだが、実はこの小説の主役は、ルネサンス期のフィレンツェの街そのものだろう。

さんの小説は相も変わらず壮大だ。哲学的でありながら歴史小説であり、その中で、「人は何のために生きるのか」を問いかけている。美しい文章と造詣に深い辻さんの小説は、若者にも是非読んでみて欲しい。『背教者ユリアヌス』よりも長かったから、少しだけ疲れてしまったのが正直なところ。

ッティチェルリと言えば、イタリアの有名な画家である。「春」(作中では「ヴィーナスの統治」)や「ヴィーナスの誕生」が出世作だ。この小説でも勿論登場する。誰もが教科書などで一度は目にしたことがあるだろう。

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一番有名なのがこの「ヴィーナスの誕生」(ウフィツィ美術館所蔵)、なるほど、これは魅惑のシモネッタをモデルにしていたんだなぁ。時代背景と描かれた背景を知ると、より感慨深く思えてくる。いつか実物を鑑賞する機会があるとしたら、この雄大な小説に思いを馳せながら、じっくり花の都フィレンツェを味わいたいものだ。