書に耽る猿たち

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『渦 妹背山婦女庭訓魂結び』大島真寿美 / もっと浄瑠璃の世界にいざなえたまえ

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『渦  妹背山婦女庭訓魂結び』 大島真寿美

文藝春秋  2019.9.26読了

 

161回直木賞受賞作。大島さんの名前は初めて知った。と、カバー裏表紙を見たら、過去の小説に『ピエタ』とあった。あ、この作品は書店に並んでるのを見たことがある。読んでない作品でも見覚えがあるのは、小説のタイトルであったり、表紙のデザインであることが多い。そういう意味では、本のタイトルって本当に大事だ。

の作品、タイトルからして見慣れない単語ばかり、何のことだろう?と思うだろう。歌舞伎とか文楽とか川柳とかそんな類かしら・・。やはりそう、浄瑠璃文楽)の話だ。浄瑠璃と言えば、近松門左衛門の『曾根崎心中』だ。これも教科書や文学史、または他の本で出てきた知識だけで、ストーリーは何となく知っているものの、人形浄瑠璃自体は映像ですら観たことがない。

松半二という浄瑠璃作家の生き様を描いた小説だ。父親から、近松門左衛門の硯(すずり)を譲り受けたことから、近松半二と名乗るようになる。歌舞伎役者のような演じる側ではなく、浄瑠璃作家である。脚本家のようなものだろうか、作品を、物語を生み出す人の話。ささやくような柔らかい大阪弁で終始語られる。思えば、大衆娯楽は関西から始まったものが多いからか、この手の話は自ずと大阪弁であることが多い気がする。歌舞伎の世界を描いた吉田修一さんの『国宝』もそうだった。

品の中盤、「雪月花」という章で、病に侵される半二の母親に向かい、お熊の枕元の語らいが何とも言いようがなく良い。瀕死の状態の絹(半二の母親)に向かい、適当な作り話をして喜ばせ、安らかに眠ってもらおうとするのである。物語の作り手としてはこんなに喜ばしいことはない。これをきっかけに、半二はなにくそ!負けないぞ!と悔しく思い、後の妹背山婦女庭訓の物語を生み出すことになるのだ。

文学賞を受賞しているだけあり、丁寧な文章で、読者を選ばない作品ではあるが、作者はそんなに浄瑠璃が好きなわけではないのかな?と思ってしまった。浄瑠璃はどんなものなのか詳細についてはあまり触れられておらず、浄瑠璃の良さやそれに対する熱量があまり感じられない気がしたのは、私だけだろうか。せっかく浄瑠璃をテーマにしたのなら、もっと読者をその世界に連れて行って欲しかった。