書に耽る猿たち

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『ノースライト』横山秀夫 / 家を造ることは家族の人生を形作ること

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ノースライト横山秀夫

新潮社  2019.10.15読了

 

年の2月に刊行されてから気になっていた作品。横山秀夫さんは『64(ロクヨン)』が抜群におもしろい。読み始めから感じたことがある。今回の『ノースライト』はいつもの横山さんの雰囲気ではなかったし、作者を見ずに読んだら横山さんだと気付かないかもしれない。(ネタバレまではいかないが、真っさらな状態で読みたい人は以下を読まない方がよい)

建築士の青瀬が、吉野という家族から依頼を受けて作った信濃追分の戸建て住宅。「あなたの住みたい家を建てて下さい」という注文。果たして、雑誌に載るほどの家が出来たのだが、4ヶ月経ち、実は誰も住んでいないことがわかる。自信を持っていた一つの作品に対して顧客の満足感が得られなかったのか、と青瀬は不安になり、同時に友達とも感じていた吉野の行方も気になる。ここから、真実を巡るミステリーが展開される。

向きの家、北からの光「ノースライト」。北向きの家や間取りは普通は懸念されるのだろうが、意匠家にも拘りがある。物事は必ずしも大多数が良いと思っている側面が良いとは限らない。そして、吉野の家にポツンと一つ置かれた椅子。有名すぎる建築家ル・コルビジェは知っていたが、恥ずかしながらブルーノ・タウトというドイツの建築家は初耳だった。少し知りたいと思えた。知らない分野への知識欲が生まれることも読書の醍醐味である。

がりなりにも同じ不動産業界の片隅で仕事をしている私にとっては、ストーリーに入り込みやすかった。やはり、住まいは人の運命を左右するものだ。どんな家であれ、毎日その人が生活する空間。スーパーのレジ係とお客さん、メルカリの売り手と買い手、そんな関係よりはるかに大事な家を造る人と住む人との関係。家という物質を手に入れるだけでなく、今後その人、家族がどんな人生を送るかまで影響する。この作品は、ミステリーではなく、家と家族を描いた作品だ。

つもの横山さんの感じではないと言ったが、もちろん、文章力や構成力、ストーリー、読みやすさは流石であり、読ませる力がある。しかし、何というか(男性っぽい)ミステリー要素が少なく、柔らかな印象を受けた。警察が出てこないことや殺人がないことも関係しているのかもしれない。ドキドキはしないのだが、読後感は、緩やかに膨らんでいくような感動がある。