書に耽る猿たち

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『月の満ち欠け』佐藤正午 / 月のように死んでも何回も生まれ変わる

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『月の満ち欠け』佐藤正午

岩波文庫的  2019.10.19読了

 

を疑った。これ、2〜3年前に直木賞を取った作品だよね?こんないかにも岩波文庫な表紙で驚いた。タイトルと著者名にマーカーを引いた、いわゆる岩波文庫赤帯、青帯などの古典シリーズのようだ。まぁ、本が好きなら岩波文庫は勿論好きなわけで、私にとってはなんてことはないのだが、岩波書店から出すにしても、この表紙だと目立たないしそんなに売れないのではないか、と心配になる。しかも、他の出版社であれば、書店で余った本は返品できるが、確か岩波は買い取りだったはず。

いや、岩波文庫ではなくてよく見ると「岩波文庫的」だった。こんなものが挟まれている。

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この表紙も含めて佐藤さんの狙いだったわけか。。まんまと騙されたというか、本の内容よりもまず食い付いてしまった。

て、『月の満ち欠け』は、第157回直木賞受賞作である。当時買おうか迷っていて、結局文庫になるまで待つことにした。正直、予想していたような物語ではなく、内容そのものにも、良い意味で裏切られた。瑠璃という女性が月の満ち欠けのように、生と死を繰り返し、3人の男性の前に現れる話だ。これだけ聞くと、なんだか陳腐で安っぽいファンタジーのような気がするが、佐藤さんの文学的センスと巧みな構成が、先へと読ませる。

レンタルビデオ店で働くアキヒコくんと、人妻瑠璃さんが話す場面。

神様がね、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように、死んで種子を残す、自分は死んでも、子孫を残す道。もうひとつは、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。そういう伝説がある。死の起源をめぐる有名な伝説。(中略)

人間の祖先は、樹木のような死を選び取ってしまったんだね。でも、もしあたしに選択権があるなら、月のように死ぬほうを選ぶよ。月が満ちて欠けるように。(185頁)

のように、死んでも何回も生まれ変わる道を選ぶことが出来た瑠璃の物語。出てくる瑠璃は生まれ変わりなだけあって、しぐさや癖も似ている。多分普通の人でないからか、私にはまるで透けているかのように感じる。出てくる男性はといえば、どこか不器用で哀しく、だけど憎めない人たちばかり、人間味はある。

まり読んだことがないタイプの小説だったからおもしろく読めた。佐藤さんの小説は数冊読んだけど、確かに個性がある。優れた文章を書く小説家はたくさんいるけれど、個性がある作家はそんなに多くはない。