書に耽る猿たち

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『壁の男』貫井徳郎/才能は関係ない、絵は描いた人の心を表す

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『壁の男』 貫井徳郎 ★

文春文庫  2019.11.16読了

 

説の中に絵画作品が出てくるとき、私は大抵、こんな絵だろう、と勝手に想像してしまう。今回の、壁に絵を描き続ける男の絵は、アンリ・マティスのような絵か、はたまた話題のバスキアのような絵か。太い線で輪郭を形取り、カラフルで子供のような絵だ。村上春樹さんの『騎士団長殺し』の中に出てくる同名の絵も、私の中では、これだという絵画がもう出来上がっている。文章にすると、動きのある人間の描写よりも、静止している絵の描写のほうが想像しやすいのかもしれない。

NSから有名になった、奇妙な絵が壁に描かれたある街。ノンフィクションライターの「私」がこの街、そして絵を描き続ける伊苅という男に興味を持ち、インタビューを進める。この流れで物語が進むのかと思っていたが、章の始まりだけが「私」目線であり、他ほとんどが三人称で「伊苅」の視点で語られる。伊苅の子供時代、結婚生活、社会人生活、娘の闘病生活など、順序通りに時間が進むわけでもなく珍しい構成だが、謎が徐々に解き明かされていくこの感覚はさすが貫井さんだと思った。

故、伊苅は壁に絵を描き続けるのか?何故こんなにもこの絵は人の心を掴むのか?伊苅の過去が浮かび上がり、最後は感動し優しい気持ちになれた。殺人があるわけでも、ハラハラする展開があるわけではないのだが、ミステリ要素もある。しかし、この作品はヒューマンドラマだ。

「才能の有無と、その人の価値は、全く別の問題なの。才能があるからって、ただそれだけで人の価値が決まるわけじゃない。何をしたかか大事なのよ。(中略)才能に恵まれていることがイコール優れたことだなんて、ただの思い込みだから。同じように、才能がないことを引け目に感じる必要もない。才能がないから駄目だというのも、思い込みでしかないんだし。そのことは自分の頭でもう一度考えてみて」(294頁)

れは、伊苅の母親が、伊苅と、美術に興味を持つ伊苅の友達の堀越に話したことだ。私がこの小説から一番心に刺さった文章である。大事なことは、本の中にもたくさん埋もれている。単行本出版時に買ったわけでもなく、そんなに期待していなかったのだけど、良い小説だった。貫井さんの小説は元々すらすらと読みやすいが、その中でも一番誰もが読み進めやすく感じる作品だと思う。

もたいていの読者と同じく、貫井さんのデビュー作『慟哭』に20年以上前に衝撃を受け、それからほとんどの作品は読んでいる。中でも、『追憶のかけら』と『新月譚』が好きだ。直木賞を取るかと思っていたけど、取れないまま有名作家となった1人だ。もしかすると、芥川賞直木賞を受賞していない人の方が、息長く作家を続けられるのかしら。