書に耽る猿たち

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『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』トルストイ / トルストイの中編小説を噛み締める

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イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタトルストイ  望月哲男/訳

光文社古典新訳文庫  2019.11.25読了

 

ルストイの後期中編が2作収められている。私はロシアの小説家ではドストエフスキーよりもトルストイの方が好きだ。まだ、ドストエフスキーの高みを理解するまでに自分が到達できていないのかもしれず、いつかは逆転するのだろうか、という期待がなくもないけれど。どちらも世界を代表する文豪であることは周知の事実だ。

『イワン・イリイチの死』は、ある控訴院判事が自分の死を悟ってからの約3ヶ月間の、精神と肉体が衰える様と、死を直前にして悟るまでの姿が描かれている。これは、誰かモデルとなる人物がいたのだろうか。死を恐れる描写があまりにも細かくリアルなので、まるで自分が体験したかのようだ。

ワンは、若干45歳という年齢で病に侵されたことで、今までの生き様に想いを馳せる。「自分が何をどう悪いことをしたのか?」「何故こんな仕打ちを受けるのだ?」と。確かに、私も良くないことが起こったりした時に、「何故自分が?」とか「あの時こうしたからなのか?」と悪い方向に考えてしまうことがある。神様が見ているかのように、あの時自分がああしたせいで、と考えること。つまり、後悔の念が生じる。不思議なことに良いことが起きた場合は、「あの時あんないいことをしたからだ」とは考えない。人間とは元来、悲観的に物事を考えるように出来ているのだろうか。

『クロイツェル・ソナタ』は、嫉妬のあまり妻を殺した男性が、自分の過去・想いを長距離電車の中で告白する物語である。トルストイらしくない恋愛観、結婚観が繰り広げられ、読みながら、「え!」「違う!」「女性はこんな風でない」と感じてしまう場面がしばしばあった。妻と相手の男との共通点は音楽であった。「音楽はわれを忘れさせ、自分の本当の状態を忘れさせ、何か別の異質な世界へと移し変えてしまう」とある。ここで演奏されたのがベートーベンの『クロイツェル・ソナタ』であり、小説のタイトルになっている。

ルストイと言えば、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』などの長編が有名で、私自身も『戦争と平和』は訳者を変えて読み比べるほどだ。モームではないが、私の中でも10大小説に入ると思う。今回の中編は、実はあまり期待はしていなかったのだが、どうだろう、深い味わいがありなかなか良かった。『イワンのばか』や『人はなんで生きるか』等の民話も読んでみたくなる。