書に耽る猿たち

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『錨を上げよ』百田尚樹/知性を持った破天荒な作田又三の冒険

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『錨を上げよ』 百田尚樹  ★

〈一〉出航篇 〈二〉座礁篇 〈三〉漂流篇 〈四〉抜錨篇

幻冬舎文庫  2019.12.23読了

 

田尚樹さんの自伝的小説が文庫本になった。百田さんおなじみの幻冬舎である。幻冬舎のイメージがあるのは、やしきたかじんさんのフィクションと謳われたあの問題作『殉愛 』があったからだろう。第1巻末には幻冬舎社長見城徹さんの解説があった。出版社の代表が自らあとがきを書くことはあまりないのではないか。2人は互いに尊敬し合い、プライベートでも仲が良いのだろう。

れにしても、これを29歳の時に書いたとなると驚きだ。百田さんは50歳の時に『永遠の0』で小説家デビューしたが、その20年前にこんな大作を書いていたとは。『錨を上げよ』は自伝的フィクションで、唯一の純文学である。自伝ではなく、小説であるのだが、7〜8割は百田さん自身のことではないかと私は睨んでいる。

の見開きにある作者紹介を見てもネットで調べても、百田さんは同志社大学を中退し、その後大阪の人気番組「探偵!ナイトスクープ」の放送作家だったということは書いてあったが、それ以外のことは不明だった。この小説を読むと、彼の少年時代、学生時代、社会人の始めの頃のことが事細かに書かれている。百田さんの雄弁な姿と博識さから見ても、こんなにもやんちゃな子供だったとは思いもよらなかった。確かに、地頭は良かったのだとは思う。しかし、悪餓鬼で自由奔放な彼が、たった半年の受験勉強だけで同志社大学に合格したとは驚いた。

の百田さんの語り口でくどくどと語られ、昭和の時代と共に一緒に生きているようで最初は楽しかったが、2巻の途中くらいで同じような話が続くなぁ、と飽きた気もした。しかし、随所に光る百田さんの哲学というか人生論が面白く、気づいたら読了していた。3巻の雲丹の密漁あたりから物語の勢いに引き込まれていった感じ。こんなにも打たれ強い男は面白い。こんなにも生きる活力がある人間は強い。結果、やっぱり読んで良かった。惹きつけられた。

春時代のひと夏に世界を旅をした佐藤優さんの『十五の夏』を思い出したが、佐藤さんの旅は優等生の旅だったんだなと改めて感じた。百田さんのそれとは全く違うと言う…。こんなにも破天荒な作田又三(作中の主人公)は、口も悪く短気で飽きっぽく、すぐ暴力を振るう、金遣いも荒い、そして女に翻弄される。女性だけでなく男性ですら苦手な人や距離を置きたい人は多いはずだ。それでも、惹きつけられる。「知性」が備わっていることが大きいのかもしれない。本人のあとがきを読んでも、こんなにも芯が通っていて熱い漢はいまほとんどいないように思う。私も、読む前とでは百田さんへの印象が少し変わった。

田さんは、今年の夏に刊行した『夏の騎士』をもって小説家の引退宣言をしたようだが、まだまだ書いて欲しいと切に願う。百田さんを好きな人と嫌いな人は多分同じくらいいると思うけれど、そんなことよりも、彼が作り出す物語には読者を魅了するものがあるから。

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