書に耽る猿たち

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『極北』マーセル・セロー/生まれた世界に生きるしかない

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『極北』マーセル・セロー   村上春樹/訳

中公文庫  2020.2.19読了

 

日書店で目に留まった一冊。なんだか最近、寒い感じの本を選んでしまう。冬だからかなぁ。でも寒さを感じる本の中に熱いエネルギーを感じられる、そんな作品は素敵だ。

思議な作品である。読後感は決して爽やかではないが、人間の「孤独さ」と「生きるための術」のような重いものが描かれていると感じた。最初はよくわからなかったのだが、どうやら現代よりちょっと先の未来の設定のようだ。文中に、もうすぐ地球誕生50億年とある。今は地球誕生46億年のようだから、ちょっとどころではなく4億年先か。こう考えると人の一生なんて米粒にも満たないもので、それは表紙の黒い粒(人間)にも見て取れる。

る街に生き残ったメイクピースという名前の女性が、たった1人孤独に「生きて」いく物語だ。時に殺されそうになったり、人を殺しそうになったり、蔑まされたり、愛しい気持ちになったり。まさに「生きる」ことの物語なのだ。独特の文体で丁寧さを持って描かれている印象を受ける。

中である男性が語った言葉が印象に残っている。「人はたまたま自分が生きている世界で生きていくしかないんだ」私たちはみな、この世に生を受けるが、時代を選べない。それだけでなく、国も、親も、顔も、環境も何もかも。自分が生きついたまさにここで生きていくしかない。メイクピースは、それを理解し受け入れて、ただひたすら生きるのだ。

ーセル・セルローさんは初めて知った。この本を読もうとしたのは、村上春樹さんが訳しているからという理由も大きい。彼が翻訳する作品はほとんどが当たりなのだ。それはおそらく村上さん自らが良いと思う本を訳せるという力量があるからだろう。力量というか、翻訳家としての立ち位置というか。普通は訳者としての自分を売り出し、どんな本でも仕事を選ばず引き受けるのだが、村上さんは訳すものを選べるのだ。つまり、自分が訳したいと思う本、好きな本を訳すことが出来るのだ。これってかなりすごいことなんじゃないかな。