書に耽る猿たち

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『天上の葦』太田愛/戦争体験者の想いと報道の在り方を問う

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『天上の葦(あし)』上下   太田愛  ★

角川文庫  2020.2.27読了

 

田愛さんの作品は『犯罪者』『幻夏』に次ぐ3作目だ。期待通りの作品だった。陳腐で使い回された表現だが、まさに極上のエンターテイメント!と言えるだろう。

谷のスクランブル交差点で、突如老人が空を指差し絶命する。この謎を解き明かすために鑓水(やりみず)、相馬、修司が奮闘する。ある人物から、興信所を営む鑓水に、正光(まさみつ・交差点で絶命した老人)の謎について依頼が来るのだが、同時に刑事である相馬の元にも、公安警察で行方不明になった山波を探して欲しいと警視庁公安部長から依頼がある。この依頼が実は結びついていて、正光らの過去に遡るのだ。

やはや、太田さんの描く作品は、戦争、マスコミ、政治、警察組織など様々な世界が絡み合っているのによくもまぁこれだけ上手くまとめられるものだと尊敬する。ここで詳しく書いてしまうと、読んでいる時の高揚感が半減してしまうので内容には触れないが、誰が読んでも夢中になれる作品だと思う。

戸内海に浮かぶ曳舟島という高齢の方ばかりが住む島には、戦時下で軍務に当たった人が多い。ここで耳にする話は、実際に戦争を体験した人から聞いたようで、小説の中とは言え私にも考えされられることが多かった。中でも、戦況が悪化するにつれて皆が平等に貧しくなるという話が、胸悲しくなった。理不尽ではあるが、戦争のおかげで平等になった一面もあるのだ。戦争が起こるまでは、裕福な暮らしをしていた子供たちと貧しい家庭の子供たちの差が大きく、貧しい者の妬みや憤懣がうごめいていたのだ。

水・相馬・修司のシリーズもこれで完結となるが、3作とも面白く飽きさせない小説だった。脚本家でもある太田さん故に、第1作目『犯罪者』の頃は、テレビドラマを観ているような、台本を読んでいるかのような感じがあったが、作品を発表する毎に小説らしくなってきていて、しかも筆力がどんどん上がっていくのが素晴らしい。

女の小説は、どちらかと言えばストーリー性を楽しむもの(謎解き要素がある)なので、1回しか読まないタイプの作品だ。しかし、誰もが面白く夢中になれることは間違いない。「面白い本ないかな?」と聞かれたら、迷うことなくお薦めできるのだ。次に刊行される作品が楽しみである。