書に耽る猿たち

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『手のひらの音符』藤岡陽子/心温まる希望あふれる小説

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『手のひらの音符』藤岡陽子

新潮文庫  2020.3.14読了

 

読みの作家さんである。タイトル、表紙、そして帯の文を見ただけで、正統派の小説なんだろうと予想できる。読み終えた今、予想に違わず良い小説だなと温かい気持ちになることが出来た。

年働いていた会社が規模を縮小することになり、アパレル部門を廃止することになる。デザインを担当していた水樹(みずき)の職がなくなるかもしれないというところから始まる。水樹は独身の45歳の女性。結婚よりも仕事を優先させてきた女性だ。ちょうどそんな時に高校の恩師の体調が良くないと同級生から電話があり、これをきっかけに過去の回想が膨らんでいく。

親が重い病気に侵されたため、母親が働かざるを得なくなった同じ団地に住む森嶋家の3兄弟。子供達だけでは生活が難しい為、家族ぐるみで仲の良い水樹の家で一緒に過ごすことが多くなる。3兄弟の真ん中の信也とは年齢も同じで、常に一緒にいていつしか大切な人となる。高校卒業後、連絡の取れなくなった彼と果たして会うことが出来るのか-。

にはそれぞれの過去がある。辛い別れや貧困からくる苦しみもある。決して表にはわからない痛みや悲しみもたくさんあるが、誰にでも訪れる可能性がある。この小説は、前向きに生きるための希望が溢れているように感じた。

まずね、生まれながらに持っている性質。そして、その性質に、環境や経験が影響して性格を作る。まぁ学生の頃っていうのは、この性格を剥き出しにして生きてるんだろうな。それが、さらに年を重ねていくと性格を人格でと覆うことができるようになる。人格は学びながら獲得していく種類のものなんだ。性質、性格、人格。その三層で人は成り立っている。(164頁)

これは、同級生の憲吾が20年後に再会した時に水樹に話した言葉で、印象に残った。学生時代に大人びて誰にでも優しかった憲吾は、早く人格を習得しようと思っていたらしい。人は三層の覆いで成り立っている。つまり、生まれながらに持っている性質は変えられなくても、性格や人格は変えられる。これは、多くの人に知って欲しい。

者が登場しない、だから嫌な気持ちにならない作品。偽善なわけでもなく、純粋に心温まる綺麗な小説だ。昨日読み終えた本の中身がまだ頭の中にあるからか、ギャップが大き過ぎたかもしれない。この作品は小中高生などの若い人たちに読んで欲しいと思う。すらすらと読みやすい文章で、大人になってから気付く大事なことを教えてくれる。