書に耽る猿たち

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『藻屑蟹』赤松利市/モズクでなくてモクズ/ミステリと純文学の融合

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『藻屑蟹(もくずがに)』赤松利市  ★

徳間文庫  2020.3.21読了

 

になっていた作家である。というのも、彼は「62歳、無職、住所不定」から鮮烈なる文壇デビューを果たしたからだ。この作品がデビュー作、そして徳間書店が主催する第一回大藪春彦新人賞を受賞している。

ころで、「モズクガニ」とよく間違えられるそうだが、正しくは「モクズガニ」らしい。私も本を手に取るまで勘違いしていたのだ。「もずく酢」があるからかな?読んでみると納得すると思うが、このタイトルも素晴らしい。

巻だった。満場一致で新人賞に選ばれたのも頷ける。数ページ読んで、これはすごい作品なんじゃないかな、と予想できた。登場人物のほとばしる熱量と生きるためのあざとさのようなものが、否応なく弾けている。読み始めてすぐにあっと驚く展開になるのだが、そこからの登場人物たちの心の変化の様がぐいぐい先を読ませる。物語としての完成度は高いと感じた。

原発一号機が爆発した場所から50キロ程離れた町に住む雄介は、パチンコ店の店長として働いている。友人の誘いで復興事業として除染作業員となったが、そこで大金が動く様を目の当たりにして、人間はどうなっていくのかー。

発による被災者には、義援金が支払われる。家族が亡くなったら、もしくはそれを認めたら高額な弔慰金が支払われる。そのお金で一人一人の被災者がどんな暮らしをしているのか私は想像していなかった。もちろん、悲しみに苛まれ、つつましく暮らしている人の方が多いだろう。しかし、悠々自適な暮らしに見える人もいる。隣町の人たちや他の災害を被った人からは、原発被災者は恵まれていると言われたり疎まれたりすることもあるのだ。

や、多額のお金を受取ったとしても、身内を亡くした人にとってはお金で片が付くわけはない。喪失感も計り知れない。それなのに、そう思われる事実も確かにあるのだ。お金って本当に恐ろしい。主人公の雄介も、お金の誘惑に呑み込まれた内の一人だ。というか、ここに登場してくる人物がみなお金に奔走されている。赤松さんは、人間の欲望と罪悪感の狭間に揺れる表現が非常に上手い。

藪春彦さんの小説は実は読んだことがないのだが、ハードボイルド、冒険小説、ミステリ作家と言われている。おそらく大藪春彦賞、そして大藪春彦新人賞もこのカテゴリで選出されているのだと思う。しかし、この『藻屑蟹』は、読ませるミステリ要素もありながら、純文学とも言える絶妙なタッチのような気がしてならない。赤松さんの他の作品も読んでみたい。