書に耽る猿たち

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『夜の谷を行く』桐野夏生/過去の心の重し

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『夜の谷を行く』桐野夏生

文春文庫  2020.4.7読了

 

去に連合赤軍の「山岳ベース」から逃れ、5年間の刑役を務めた啓子は身を隠すようにひっそりと暮らす63歳の女性。ある日熊谷という元同士の男性から電話が来る。忘れかけていた、いや忘れたかった過去の出来事が少しずつあぶり出される。

盤は現在の出来事で途中から過去に遡るかと思いきや、終始現在が軸となり話が進む。面白いのが、メインのメンバーでなく当時からあまり目立たず脇役だった女性が主人公になっていることだ。桐野さんが描く女性はやはり男勝りで強いイメージだ。今回も啓子だけでなく、妹の和子、姪の佳絵、かつて山岳ベースから一緒に流れた佐紀子も皆強い。

赤軍事件といえば、あさま山荘事件と山岳ベース事件がある。もちろん当時私は産まれていなかったので、テレビに流れる映像で見たり、本の中で知ったという程度だ。どちらかと言えば、あさま山荘事件で軽井沢の山荘に鉄球を打ち込む場面が衝撃的で、モノクロの映像が頭に浮かぶ。

岳ベース事件は、同士29人のうち12人が2か月間のうちにリンチ殺害されたというおぞましい事件である。あさま山荘事件の方が映像にインパクトがあるため印象深いが、山岳ベース事件の方がよほど恐ろしく重大な事件だ。刑期を終えた啓子が何故それ程までに過去を隠したいのか、40年前からの心の重しがどれ程あるのかは想像に難くない。しかし一方で自分の正当性も認めているところもある。

か桐野さんの『抱く女』も学生運動が盛んな昭和の時代が描かれている。そして、小池真理子さんの『望みは何と訊かれたら』もそうだ。時代背景が同じだというだけでこれらの作品は青春、恋愛小説ではあるが。桐野さんと小池さんは同世代なのだろう。生きてきた時代が重なるから、小説の背景に流れる空気感が似ている。

しぶりに桐野さんの小説を読んだが、一番油ののっていた全盛期の桐野さんと比較してしまうと、どうしても読み劣りしてしまう。一番の大作は、何といっても東電OL殺人事件をモチーフにした『グロテスク』だ。これだけは、まだ読んでない人がいたら一読することをお勧めする。