書に耽る猿たち

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『銀河鉄道の父』門井慶喜/あの宮沢賢治を育て見守った父の姿

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銀河鉄道の父』門井慶喜

講談社文庫  2020.4.25読了

 

沢賢治さんといえば、誰もが知っている童話や詩を書く国民的作家であり、岩手の理想郷イーハトーブが思い浮かぶ。私も一度岩手に旅行で訪れた時に、イーハトーブをモチーフにした広大な公園に行ったことがある。個人的には『注文の多い料理店』が子供心に印象深い。自分が食べられて(料理されて)しまうことに恐怖を覚えた記憶がある。

宮沢賢治さんを、父親の視線から描いたこの小説は、記憶に新しい第158回直木賞受賞作である。単行本刊行時も気にはなっていたが、結局文庫本になってから読了した。おそらく、誰が読んでもその親子愛、家族愛に温かい気持ちになる小説だといえるだろう。同時に、働くということの真意も考えさせられる。

沢賢治さんは秀才であったが、それ以外は何も出来ず、どんな職業につこうともうまくいかない。父親の政次郎に怒られてばかり、呆れられてばかりのいわばダメ息子だったのだ。しかし自分の子供はかわいい。放っておけず、ついつい手を差し伸べてしまう。しかし政次郎の想いや行いは、単なる甘やかし過ぎではなく、メリハリの効いた賢治のためを思ってなのだ。

仕事があるということの最大の利点は、月給ではない。いわゆる生きがいの獲得でもない。仕事以外の誘惑に人生を帳消しにすむというこの一事にほかならないのである。(352頁)

んな風に考えたことはなかった。しかし、すとんと落ちた。特に今のコロナ感染を防ぐために家にこもる我々には時間がある。ついつい誘惑のままに暮らす人も多かろう。仕事があるということは、他の誘惑に手を染めずにすむという側面もあるのだ。

助(賢治の祖父)は黙読が出来ず、音読しか出来なかったそう。そういえば、私たちも初めは音読だったはずだ。幼稚園や家で読み聞かせをしてもらい、自分でも声に出して読んでいた。一体いつから黙読するようになったんだろう。黙読って教わるのだろうか。

人や童話作家として全国で有名になったのは、賢治が短い生涯を終えた後だ。決して生きている時にあまり認められなくても、存在価値はある。それは父親が一番知っている。『雨ニモ負ケズ』という詩を読むと、賢治が何よりも、普通であること、ひたむきに生きることに志したという信念が窺える。改めてこの詩を読むと、背筋がピンとなる想いだ。

ッコ内や罫線の後に、登場人物の心の声を入れている感じが、司馬遼太郎さんや池波正太郎さん、三浦綾子さんの書く小説に似ている。会話文のカギ括弧との使い分けが、なんとも昭和の文豪達が書く小説のにおいがするのだ。きっと好きだったんだろう。門井さんの他の作品を読んだことがないが、歴史物も多かったように思う。最近刊行された、東京の街を造った建築家を描いた『東京、はじまる』という小説が気になる。