新潮文庫 2020.5.20読了
あまり日を置かず、またヘッセ氏の小説を読んだ。最近の私のお気に入りのヘルマン・ヘッセ本、先日書店で4冊まとめて買ったのだ。ほとんどが新潮文庫で手に入るからわかりやすくていい。
この小説のドイツ語の原題は『ゲルトルート』で、作中に登場する女性の名前である。邦訳のタイトルがこんなにも原題と異なるなんて、何か違う小説のよう。青春時代を想い出す主人公クーンの、心の有りようを春の嵐としている。もちろんクーンにとって、美しく可憐なゲルトルートが大きな影響を及ぼしているのだが、実は親友ムオトのほうが重要人物だ。
クーンと親友ムオト、そしてゲルトルートの3人の若かりし時の体験がクーンの回想により語られる。ただの色恋の三角関係ではない、深い人間同士の関わり合いがどっぷりと繰り広げられる。ヘッセ氏は絶望に陥る人間の姿や、些細な出来事から生じる絶妙な心のうちを表現するのが本当に上手い。クーンは自らを自嘲気味にみなし一歩下がった位置におき、常に孤独感に苛まれているのだが、これは学生時代のソリの事故で身体障害者になったことに起因している。
第一章と最後の第九章にこの小説の全てがある。クーンにとって自分の生涯は幸福でも不幸でもなかった。外的な要因は神のみぞ知ること、そして内的な要因は自分自身が作ったものだから、責任は自分にあると言っている。まさしく誰しもに通じる真実だ。
ムオトが言っていた「人は年をとると、青年時代より満足している」は正しかったのだ。青春時代を人生で一番良き芳しい時、と称する声が多い。しかし、壮年・老年時代に振り返ったとき、その時が素晴らしいと思えるならば、人生を謳歌したと言えるのだ。
ヘッセ氏の小説はやはり心地よい。読み終えた時に大きく深呼吸をするように満足できる読書体験はそんなに多くない。ヘッセ氏(やトーマス・マン氏)はゲーテの影響を根強く受けているそうで、より思想を知るためにゲーテ作品を読みたいと思っている。ゲーテと聞いて思い浮かぶのは『ファウスト』だけど、戯曲だしちょっと読みにくそう。気になるのは『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』かなぁ。