書に耽る猿たち

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『あなたの人生の物語』テッド・チャン/粒揃いのSF短編集

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あなたの人生の物語テッド・チャン 浅倉久志・他/訳

ハヤカワ文庫 2020.6.4読了

 

ラクオバマ氏が2019年に読んだ本の中で絶賛している『息吹』という短編集が去年末から日本でもベストセラーとなっている。買おうか迷って、でも初めて読む作家だし、と思いあぐねていたら、同じ著者の作品で文庫本があることを知りこちらを入手した。表題作を含めた8編の短編が収められている。

題作『あなたの人生の物語』は、なんとアカデミー賞受賞作『メッセージ』の原作だったのか。フェルマーの定理など物理学が散りばめられ、時間軸も曖昧でそしてエイリアンとの対話もあり。少し難解だったのだけれど、母親が娘に語りかけるパートがなんとも優しく哀しげで、でも美しい物語だった。自分の解釈が正しいのかわからない。だから再度読み直したり、映画も観てみたいと思った。

題作以外で、私が衝撃を受けたのは2作品だ。言うまでもなく神話『バベルの塔』を基にした作品『バビロンの塔』、これがチャン氏のデビュー作というから驚きだ。完成度が非常に高く、うわー、やられた!となる。本をめくって1作めの作品として受けるパンチは強力だ。

SFとは両極にあるようなテーマの『地獄とは神の不在なり』では、悪いことは善人にも降りかかるという、なんとも皮肉で残念なしかし現実的な話。良いことをしても報われないこともあるという、神を否定しているかのような概念。この世には、悪人が報われてしまうこともよくある。

む前から、理系でSFで短編、自分には合わないかもと予感していたのだが、これがあっさり裏切られた。好きかどうかというよりも、すごい!というのが率直な感想で、今までに感じたことのない独特の読後感だった。なんせ、どの作品も終わり方がスマートでかっこいい。日本でいうと小川哲さんのような雰囲気だと思う。うん、天才肌タイプの小説家。