書に耽る猿たち

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『ゴールドフィンチ』ドナ・タート/未来の神秘・名画と共に

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『ゴールドフィンチ』1〜4 ドナ・タート 岡真知子/訳 ★

河出書房新社 2020.7.20読了

 

上春樹さんが『村上さんのところ』でドナ・タートさんの作品を絶賛していた。手始めに文庫本で手に入る『黙約』を去年読んだら、やばい!ほど面白く、去年読んだ小説の中でベスト。ドナ・タートさんは10年に1冊という寡作の出版ペースなので、処女作『黙約』以降は2作品しか世に出していないのだが、3作目が今回の『ゴールドフィンチ』で、これによってピュリッツアー賞を受賞した。世界各国がこぞって大絶賛し、ブームを巻き起こしたのだ。実は1年以上前に購入していたのだが、なんだか勿体なくて今まで眠らせていた。

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イトルの『ゴールドフィンチ』とは、カレル・ファブリティウスという画家による絵画のことで日本語訳で「ゴシキヒワ」、雀、ひな鳥の一種らしい。そう、表紙に見え隠れしている小鳥だ。「ゴシキヒワ」なんていう単語自体初めてで、最初はなんのことやら。ファブリティウスは、レンブラントの弟子の1人で、フェルメールの師だったという説もあるそうだ。

人公テオは、母親と一緒に訪れたメトロポリタン美術館の爆破テロに遭遇し、そこで出逢った老人から指輪を受け取り、名画を持ち出す。これが『ゴールドフィンチ(ごしきひわ)』だ。母親を失ったテオが、この名画とともに生き、自らの人生を切り開く冒険譚だ。サスペンスあり、友情あり、薬物あり、ヒューマンドラマありで、物語の醍醐味を十分に味わえた。

の長さにしては登場人物は少ないように思う。しかしどの人物も特徴的でキャラ立ちし、何より生き生きとしている。中でも親友ボリスは、破天荒でめちゃくちゃでどうしようもない奴なんだけど、読んでいるうちになんだか愛おしくなってくる。

にストーリーには影響ないボリスとテオのやりとりを一つ紹介する。

「おまえは彼女を愛しているんだな、きっと。だけど熱烈にではない」

「どうしてそんなこと言うんだ?」

「なぜっておまえは怒ってもいないし、嘆き悲しんでもいないからだ!自分の手で彼女の首を締めてやると大声でわめいてもいない。つまり、おまえの心は彼女の心とあまり通い合ってはいないのさ。だけど、それはいいことだ。おれの経験からしても。自分が熱烈に愛している女には近づくな。そういう女は男を殺す。この世で幸せに生きていくのに必要なのは、自分なりの生き方をしていて、相手にもそれを許してくれる女だ」(3巻 263頁)

く「本当に好きな人とは結ばれない」「人生で2番目に好きな人と結婚したほうがいい」なんて聞くことがある。ボリスの言葉も同じだ。若くして、この人だと思う相手と結ばれた人は、そんなことはないと言うかもしれない。否定する人もいるだろうが、一方では真実だと思う。長い年月を幸せに過ごすには、お互いが自分なりの生き方を遠慮なくできること、これが大事だと私も思う。

行本ソフトカバーで4巻は、さすがに長かった!最初は謎が多く気になりすぎて夢中になり、途中は少しだれた時もあった。4巻の最後は、人生の醍醐味や人間が生きるための大事なエッセンスが、著者の美しい比喩と生き生きとした文章でふんだんに散りばめられており、感動的だ。美術への造詣も深い。壮大で類稀なるストーリーを生み出すドナ・タートさん、そしてこの長さを訳した岡真知子さんにはあっぱれだ。

年、映画化されたようだが、いかんせん評判が悪いようで。映画が成功していたら文庫本にもなったろうし、もっともっと日本でも知名度が上がったと思うのに残念だ。どうやら世間的には本作のほうが評価が高いのだが、個人的には『黙約』の方が面白かったし、断然好きだなぁ。未読なのはあと『ひそやかな復讐』だけ。どこかで見付けて手に入れなくては。

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