書に耽る猿たち

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『さくら』西加奈子/愛とアイデンティティ

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『さくら』西加奈子 ★

小学館文庫 2020.7.27読了

 

西加奈子さんの小説の中では、おそらく刊行数の多さは5本の指に入ると思う。西さんと言えば直木賞受賞作『サラバ!』が圧倒的すぎて、他の作品が霞むように見えてしまう。そんなことないのに。でも、この『さくら』は全然霞んで見えない、心に響くとても良い物語。読み終えた今、長谷川家の3人兄弟が本当に愛おしく思う。もちろん飼い犬サクラも。

イトル『さくら』は春に咲く美しい桜だとしたら、アクセントは付けずに読むだろうし、名前だったら「さ」にアクセントを付けて読むだろう。予備知識がなかった私は、犬の名前であることをつゆ知らず。名前だとしても人間につけられた名前だろうなと思っていた。飼い犬の「サクラ」は片仮名だ。タイトルが平仮名の「さくら」なのは、読者それぞれの「さくら」がいるからなんだと思う。

り手は長谷川家の二男、薫(かおる)。どんな場所でも人気者でヒーローになる自慢のお兄ちゃん・一(はじめ)と、美しいけど破天荒な妹・ミキの3人兄弟。そして美男美女の両親に囲まれて、すくすくと天真爛漫に幸せに過ごす。そんな家族の真ん中にサクラがいる。サクラは誰の味方でもない、みんなの味方でじっと見守る。

の子の視点で書いてるのだけど、女の子であるミキの気持ちが本当に痛いほどわかる。細かいエピソードが結末に全て繋がり、結晶のようになる。決して明るいだけの話ではなく、むしろ重たい部分が多い。でも、読んですかっと晴れやかになる。

西さんは家族のあり方を小説のテーマにすることが多い。とりわけ、思春期の少年少女の心の内を描くことが非常に上手く、繊細でかつ直球だ。そして、アイデンティティをとても大事にしている。自分は他のものになり得なくて、なる必要もない。周りに合わせる必要は全くないんだと勇気をもらえる。

むような文章と心に響いてくる比喩。生き生きとした西さんの表現方法がやはり好きだ。なんだか、小学館文庫の、少し大きめの文字フォントも合っているように思う。それにしても、若いうちに『サラバ!』という大作を書いたことで、期待も多くこれからがキツいだろうなぁと思う。また、西さんの作品を読もう。