書に耽る猿たち

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『エドウィン・マルハウス』スティーヴン・ミルハウザー/子供による子供の伝記

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エドウィン・マルハウス』スティーヴン・ミルハウザー 岸本佐知子/訳

河出文庫 2020.8.4読了

 

田元幸さんはおそらく文学界の中では一番有名な翻訳家であり、イコールポール・オースターさんの作品、というイメージの方も多いだろう。他に、柴田さんが影響を受けている作家の1人が、スティーヴン・ミルハウザーさんだ。まだ、彼の作品は読んだことがなかった。柴田さんは彼を敬愛しほとんどの作品を訳しているのだが、処女作『エドウィン・マルハウス』だけは岸本佐知子さんが翻訳を手掛けている。

田さんの訳した作品をまず読もうとしていたのだが、いかんせんこの小説の評価がずば抜けて高いようなのだ。ジャケットにある、生真面目そうな丸眼鏡の男の子の肖像画も心を掴まれる。仏頂面なんだけど、深い想いを秘めているような陰鬱なその眼差し。

11歳でこの世を去ったアメリカの天才作家、エドウィン・マルハウスの生涯を、親友であるジェフリーが伝記として書き記したもの、という形式である。とは言え、マルハウスもジェイミーも子供。冒頭から異様な空気に包まれているのは「子供によって書かれた子供の伝記」だからだ。子供が子供を絶えず監視していて、その観察眼がリアルで恐ろしさすら感じる。

人びた子供って怖い。何を考えているかわからない頭の良い子供って怖い。そんなことを考えながら、ある意味淡々と読み進めていきラストまで漕ぎ着けた。作品のほとんどを占めているのが、2人の幼年時代や少年時代の詳細な出来事。そして、時折見せるエドウィンの変わった仕草、病的なこだわり、将来天才作家になるべく片鱗を覗かせるエピソード。

供が書いているくせに、その筆致が饒舌になる。これは真実なのか?エドウィンは実在していたのか?本当に11歳なのか?と疑ってしまう。そして、本当に不気味なのはジェイミーである。ホラーでもミステリでもないのに、読んでいる間、常にぞくぞくしていたのは事実。

までに読んだことのない感覚だったのは確かだ。この小説を読んだこと、この感覚を忘れることは絶対にない。スティーヴン・ミルハウザーさん、確かに普通の作家ではないかもしれない。次は柴田さんが訳した作品を読んでみよう。