書に耽る猿たち

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『父 Mon Pere』辻仁成/家族には迷惑をかけていい

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『父 Mon  Pere』辻仁成 ★

集英社文庫 2020.8.6読了

 

仁成さんは、ミュージシャン、作家、最近ではニュースやワイドショーのコメンテーターも務めている。中山美穂さんの元夫だったという程度しか知らない人もいるだろう。2人の間に産まれた1人息子と一緒に現在フランスで暮らしている。多彩な才能を持つ辻さんだが、私はやはり作家としての辻さんがピカイチ抜きん出ていると思う。

そらく、息子と2人でパリに暮らす実際の辻さんの生活を多少イメージして作られた作品だろう。もちろんフィクションではあるが、永くパリで過ごした筆者ならではの息づかいが感じられるのだ。

本人であるがフランス育ちの「ぼく」、30歳のジュールは、健忘症になった父親に何かと振り回されている。一方で、結婚を前提にした恋人のリリーとの関係も悩ましい。事故でなくなった母親との関係が過去とフラッシュバックしながら少しずつ浮き彫りになっていくのだが、テーマは家族と愛だ。

「迷惑をかけあうのが結婚じゃない」(13頁)

れだけ読むと「じゃない」は否定語のように見えてしまうが、「結婚でしょ」という同意の意味合いでリリーが語った言葉だ。人には迷惑をかけないこと、と当たり前のように親からも先生からも習うのだが、唯一迷惑をかけていいのは確かに家族なんだよなぁ。

すが芥川賞作家というだけあり、美しく格調高い文章である。繊細で儚げな文体でそれでいて瑞々しい。そして、小説の始まりと終わり方がとても綺麗で整っている。辻さんの小説は、『ワイルドフラワー』や『ニュートンの林檎』を読んで、なんて面白いんだろうと思い一時期ハマっていた。それでもしばらくしたら、飽きてしまったのかあまりピンとこなくなり、いつしか遠のいていた。

もどうだろう、数年ぶりに辻さんの作品を読み、この小説はとても心にストンと沁みた。辻さんが年端を重ねたことで作品に厚みが増し味わい深くなったのか、フランスという異国で暮らし、そこから日本を見つめることで、より感性が洗練されたのかもしれない。また彼の作品を読み起こそうという気持ちになった。