書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『フラニーとズーイ』サリンジャー/家族の慰め方

f:id:honzaru:20200809124709j:image

フラニーとズーイ』D.J.サリンジャー 村上春樹/訳

新潮文庫 2020.8.12読了

 

の作品、まだ未読だった。サリンジャー作品は『ライ麦畑でつかまえて』しか読んだことがない。タイトルと中身のギャップがこんなにもある作品は『ライ麦〜』の右に出るものはないんじゃないかなと思う。だから、村上春樹さんが訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のほうがまだ中身に近い(近いというか英語のままなのでまだましというか)ようで、邦題をつけるのも難しいんだなぁと思った記憶がある。

人的には結構面白く読めた。ストーリーがどうというよりも、読み心地が良いという感じ。なんてことはないある家族(グラス家)の日常を切り取ったものが書かれているのだが、つまるところ家族への優しさが描かれている。

イトルを見て勝手にフラニーとズーイは恋人同士なのかと思っていたけれど、グラス家7人兄妹のうち下の2人のことで、フラニーは末娘、その上の兄がズーイだ。直接登場するのはこの2人なのだが、他の兄妹も間接的に登場し、2人を見守っているように感じる。「フラニー」の章では、フラニーと恋人レーンのやり取りが、「ズーイ」の章ではズーイと母親のやり取りから始まり、ズーイが落ち込んだフラニーを慰めにかかるという話。

来事としてはこれだけで、ものの2〜3日の話なのだが、ユニークな言葉の掛け合いと洗練された文体が生き生きとしていて、読んでいて心地良かった。この小説について、宗教的な作品だとよく言われているようだが私はそうは思わなかった。構成的にもサリンジャーさんの遊び心がうかがえる。何よりズーイの慰め方が良い。素直に慰めるのではなく、ぶっきらぼうに照れ臭そうにするところがとても良い。

ころでサリンジャーさんは、自分の本に訳者の「あとがき」「解説」など余分なものを入れることを固く禁じているらしく、文庫本の中身も作品のみがおさまっている。村上春樹さんとしては読者に基本情報を与えたいらしく、こんなものが挟まれていた。

f:id:honzaru:20200812104007j:image

国で1961年に出版されたならもはや古典に分類されるとし、立ち位置の意味合いや方向性を最小限に説明したいということで、村上さんはこの小冊子を付けた。冊子が一緒になっているなら禁じ手を使ってしまってるのでは?と思わなくもないが…このエッセイ風の解説がとてもわかりやすかった。本文に多く登場する「宗教的な部分」について、サリンジャーさんの考え方+当時の思想の流れが絡んでいたことなど。

上さんも初読の時はピンと来ず、45年経って読み直したら作品の面白さを知ったそう。これは本当によくわかるよなぁ。逆もあるだろうし。読む年齢やその時の個人的背景、そして積み重ねた人間の器みたいなものの容量によっても感じるものは大きく変わると思う。だから、世界的名作と謳われているものを読んでイマイチだったとしても、数十年後に読み返すと眼から鱗、名作だと気付くこともある。もう一度『ライ麦畑でつかまえて』挑戦しようかなぁ。