書に耽る猿たち

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『家族のあしあと』椎名誠/ほっこり、ほっこり

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『家族のあしあと』椎名誠

集英社文庫 2020.9.17読了

 

井聡太さんが最初にメディアに登場するようになったのは、2016年に史上最年少でプロ棋士になった時だ。今の二冠タイトルも仰天、快挙だが、当時は14歳でまだ素朴な少年だったからより目立っていたと思う。その頃藤井さんが愛読書として挙げていた本の1つが椎名誠さんの『アド・バード』。ブームに乗って読んだけど私としては、やっぱり頭の構造が違うのかなぁと、あまり合わなかったという苦い記憶がある。

名さんの本を読むのはそれ以来だ。この作品は、文芸誌『すばる』に2015年4月〜2017年2月まで連載されたものをまとめたもので、それが文庫化されたもの。自身の幼年時代を振り返る私小説である。

らの幼少期を振り返り、家族のこと、住宅のこと、学校のことなど、自分を取り巻くエピソードを面白おかしくふんだんに散りばめている。名エッセイストでもあるように、軽やかで読みやすい文体はストレスを感じさせず気楽に読める。いくら長編ゴリゴリの固い話が好きでも、たまにはのんびりと読みたい時もある。そんな時に椎名さんの本はうってつけ。

名さんが自分の息子のことを書いた『岳物語』は私はまだ読んでいない。だから、息子と椎名さん本人の若かりし頃を比べるという読み方はできない。椎名さんの子供時代を感じると、自分の幼き時の情景がうっすらと蘇る。友達とこうやって遊んだなとか、子供の時はこんなことに夢中になっていたな、と。

化祭での演劇のエピソードを読んだ時には、文化祭には非常に力を入れていたことを思い出した。演劇はやはり誰にとっても魅力があり、演じる人物を誰にするか?などクラスは大いに盛り上がったものだ。あの頃は損得感情も何もなく、純粋にイベントを楽しんでいた。みんなで良いものを作りたい、楽しくしたい、ただそれだけの一心で学校に通っていた。

母はその頃、三十代だったのだろうか、あるいは四十代だったのか、計算すれば正確にわかるのだが今は記憶の風景を重視して曖昧にしておこう。(56頁)

んな文章をさらっと書けてしまうところが椎名さんだ。「記憶の風景」という表現がなんとも素敵である。全編通して、ほっこりとした温かい気持ちになれる。こんな読書もいいものだ。