『家霊(かれい)』岡本かの子
ハルキ文庫 2020.10.26読了
岡本かの子さんの作品を読むのは初めてだ。芸術家岡本太郎さんの母親である岡本かの子さんは、壮絶な人生を歩んだ。瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読んだことが彼女を知ったきっかけだ。熱を帯びたかの子さんは一体どんな作品を生み出したのかと興味を持った。
この本には表題作『家霊』の他に、『老妓抄』『鮨』『娘』の合わせて4作が収められている。中でも『鮨』の余韻がとても良い。鮨と聞くとどうしても志賀直哉さんの『小僧の神様』が思い浮かぶ。もちろん話は違うのだけれど、鮨屋のカウンター、職人の握りという鮨独特の趣がある。
この作品では、偏食の子供に母親が鮨を振る舞うシーンが生き生きとしている。鮨だけに、粋も良い。好きな食べ物、よく食べる物は、その「味」が好きだからという理由だけではなく、「想い出」やその「状況」が身に付いている場合もあるんだよなぁ。
少し古めかしい言い回しはあるものの、岡本かの子さんの文章と文体は他の人にはない魅力があり、当時人気作家だったことがうかがえる。うん、上手いなぁ。芥川龍之介さんや川端康成さんの短編を思わせる巧みな構成、そして人間の業を深く掘り下げている印象を受ける。女性の性(さが)が前面に出そうなほど熱を帯びている。
ところで、この「280円文庫」というハルキ文庫(角川春樹事務所出版)のレーベルはご存知だろうか。私はこの本を探していて初めて知ったのだが、どうやら著作権が切れた昔の名作を低価格で読めるようにと、10年ほど前に創刊されたらしい。当時は消費税が5%だったから税抜267円と表示されており、税込で280円になるよう設定している。
著作権が切れた作品は青空文庫で無料で読めるものも多いが、紙の本で読みたい人にはおすすめだ。名作を気軽に読める。薄くてたぶん携帯よりも軽い!ただ、振り仮名が多く振ってある(例えば「態度」にも横に「たいど」と振ってある)からちょっと紙がうるさいかも…。小学生にも読めるようにだろうけど、今の若者が進んで本を買うのかは少し疑問…。