書に耽る猿たち

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『千の扉』柴崎友香/無機質な数多の引き出しの中に無数の生き方がある

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『千の扉』柴崎友香

中公文庫 2020.11.10読了

 

京の古い団地に引っ越してきた千歳と夫の一俊。その部屋は元々一俊の祖父が住んでいた部屋で、療養中のため戻るまで夫婦で住んで欲しいと言う。千歳は祖父から、団地内のある人物を探して欲しいとこっそりと頼まれる。人探しという点ではミステリだが、その他は特別なことは起こらない。日常の出来事が過去と交差し、団地に関わりがある人の視点で淡々と語られる。

のような団地は全国の至るところにある。古い団地はおそらくバブル期に建てられたものが多く、建設当時は人気があり抽選倍率も高かった。今もなお残っている団地には、お年寄りが1人で住んでいたり、世代交代したりと当初の面影はほとんどなく、廃れゆく建物もあるだろう。

地は同じ棟が何棟もあり、一つ一つの部屋も同じ間取りで、外から見ると整列した無機質な引き出しなのに、それぞれの中には全く異なる人の様々な人生がある。そのいくつかの扉を柴崎さんは開ける。きっと都心部の高級タワーマンションも、30〜40年後には見方も価値も変わっている気がする。

崎さんの文章は、彷徨ってしまいなんだか迷子になりそうだ。時空を超えたストーリーだからではない。どうしてだろう、と考えてみると、おそらく主語がわからなくなったりどの単語に掛かっているかわからない修飾語が出ることがあるからなのだ。基本的には読みやすく綺麗な文章なのに、たまに出てくる。私の読解力不足もあるだろうが、おそらく意図してこのような文章にしたのだと思う。この感覚は、柳美里さんの作品を読んでいる時にも感じる。

けど文体は嫌いではない。というか、むしろ好きなほう。なんとなく癖になりそうな予感。情景のなかに人の心理がうまく投影されている。ストーリーよりもむしろ、文章をかみしめて味わう読み方が好きな人に合うかもしれない。

川賞も受賞しており、いくつかの作品が映画化もされているようだが、柴崎さんの作品は初読みだ。東出昌大さんと唐田えりかさんが共演したという話題の映画『寝ても覚めても』の原作を書いた人というから、もっと恋愛小説感が強いのかと思っていた。これは主演2人のイメージかもしれないけど笑。他の作品もじっくり読んでみたい。