書に耽る猿たち

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『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー/夢を追い続ける人は満足することがない

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「マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー 柴田元幸/訳 ★

白水Uブックス 2020.11.23読了

 

年の夏にスティーヴン・ミルハウザーさんの『エドウィン・マルハウス』を読んで、その独特な世界観に圧倒された。次は柴田元幸さん訳の作品を読もうと思い、ピュリッツアー賞を受賞した本作品を読むことにした。アメリカで権威のある文学賞を受賞し彼を代表する作品であることがうなずける、素晴らしい小説だった。

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メリカン・ドリームを扱っていることから、『グレート・ギャツビー』を連想する人も多いだろう。まさしくアメリカ人が好きそうな、立身出世を夢見る1人の男性の物語。葉巻店を営む父親の元で働いていたが、近くのホテルの従業員に見初められ、ベルボーイとして働くことになるマーティン少年。そこから彼の大きな夢は広がっていく。

段を降りたときにもう一段あると思って足を踏み外す時のふわっとした感じが、エレベーターが止まるときのふわっとした感覚に似てるとマーティン少年は気付く。こういう些細な感覚が自分の好みに合ってるんだよなぁ。夢の中で足を踏み外すことも私としては結構ある。

うに、自分好みの作品かどうかは、文章や文体、ストーリーだけではなく、普段何気なく感じたり気になることが似ているかどうかが大きい。そんなわけで、この作品も肌に合う、読み心地の良い作品だった。たぶん訳者が柴田元幸さんだからというのもある。

華絢爛なホテルとアパートメント、レストラン、百貨店、劇場、娯楽エンターテイメント、庭園などを有する複合タワーを次々と建築する様は読んでいるだけで夢があってわくわくする。きらびやかなその世界に迷い込んだかのよう。しかし地上高いタワーだけでなく地下に何層にも掘り続けていく様は、孤独から這い上がれない人間の孤独を表しているかのよう。

を追い求める人は、成功しても一向に満足しないのかもしれない。何か満ち足りない想いがくすぶって更に上へ上へと高みを目指すのだけど、安らぎのようなものが手に入らない。もしかしたらマーティンはビジネスとしては成功したけれど、真実の愛を得ることが出来なかったのかもしれない。

ころで、白水社が単行本刊行後に文庫本のような形で刊行しているのが「白水Uブックス」であろうか。新書サイズだが、新書のフォントよりも小さい文字が1行に長く印字されているせいか、いささか読みづらさを感じる。優れた海外作品が多いレーベルなので少し惜しい気がする。