書に耽る猿たち

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『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫/表題作は圧巻!

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佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫

中公文庫 2020.12.19読了

 

正・昭和の文豪佐藤春夫さんが、1920年の台湾旅行をきっかけにして執筆された短編が9つ収められている。100年前の台湾の情景。私は10年以上前に一度台湾を訪れたことがあるが、その時と全く異なるだろうし、2020年の現在もまた違った風情だろうなぁ。台湾は親日でもあるし、料理も美味しく、とても居心地良く感じたのを憶えている。

題作『女誡扇綺譚』は台湾でブームになったという。実は佐藤春夫さんの小説自体初めてだ。古めかしくて読みづらいだろうとあまり期待していなかったのだが、なかなか好みの文体だった。新聞記者の「私」が台南市安平という地を訪れ、台湾人の友人に案内してもらうのだが、ある廃虚から女性の声を聞く。怪談のような話で、2人の掛け合いがなんとも良い。ミステリ仕立ての怪奇譚。

8篇も台湾の地を巡り紀行文のようにまとまっている。1作目(表題作)にドキリとしたので勇んで読んだのだが、他はいまいちピンとこなかった…。もちろん耽美的な文体は美しいのではあるけれど、ストーリーがあまりないからかもしれない。表題作に旨みが凝縮されている感じがする。

説を読むと、「台湾もの」は本来の佐藤春夫さんの範疇ではなく、幅を広げた作品という立ち位置のようだ。『田園の憂鬱』『美しき町』などの代表作を読んでみたい。佐藤春夫さんは谷崎潤一郎さんに推されて文壇に上がったようで、なるほど似た作風であるように感じた。

佐藤愛子さんの父親である佐藤紅緑さんと佐藤春夫さんを混同してしまっていた。佐藤紅緑さんの本を現代でも読めるのか~と思い背表紙を捲ると、著者紹介の写真や文を眺めてどうも違うと気付く。佐藤紅緑さんはずっと「紅緑」だったんだっけ。奔放な人生を歩んだ人なので作品を読んでみたいと思っていたのだけれど、佐藤春夫さんの小説も読んだことがなかったから、いいきっかけになった。