書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『集英社ギャラリー[世界の文学]18 アメリカⅢ』ベロー、ボールドウィン、バース/アメリカ文学お腹いっぱい

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集英社ギャラリー[世界の文学]18 アメリカⅢ』ベロー、ボールドウィン、バース

集英社 2021.1.2読了

 

英社が1989年から刊行した世界文学全集全20巻のうちの1冊、通し番号としては18でアメリカの3巻めである。巻末の紹介では「病める現代アメリカをえぐる三人の作家」とある。現代アメリカといっても30年ほど前に編集されたものだから今とは異なる。2021年の現代なら誰が選ばれるのだろう?それも気になるところ。

だたる3人の作品がそれぞれ1つづつ収められている。短編集であれば印象に残った作品だけ挙げているのだけど、どれも名作たちなので簡単に。

 

『その日をつかめ』ソール・ベロー 宮本陽吉/訳

2020.12.30読了

ノーベル文学賞を受賞したソール・ベロー氏の中編小説。マンハッタンのあるホテルでの数日間の出来事が描かれている。主人公ウィルヘルムのなんと失敗ずくめの人生なこと。父親にも呆れられ、離婚調停中の妻にも愛想を尽かされ、先物取引にも失敗しさんざんな目に合うのだが、ウィルヘルムの心の動きが巧みに表現されている。

常に成功を夢見て人に騙されてしまうウィルヘルムのことは決して憎めない。誰にでも心の奥に眠っている人間の弱さみたいなものがベロー氏の見事な筆致で書かれている。最後の泣き崩れるシーンは、周りの情景とのコントラストが圧巻だ。

全米図書賞を受賞した『オーギー・マーチの冒険』『ハーツォグ』は是非読んでみたい。『オーギー〜』は光文社文庫で新訳が刊行されており確か9月に全巻揃うからその頃に。

 

『ビール・ストリートに口あらば』ジェイムズ・ボールドウィン 沼澤洽治/訳

2020.12.31読了

若者の純粋なラブストーリーかと思っていたが、黒人の冤罪を扱った考えさせられる作品だった。白人警察による黒人射殺は後を絶たない。レイプ犯の濡れ衣を着せられたファニーには、結婚を誓った女性・ティッシュがいる。お腹には赤ちゃんを宿して。

ファニーの無実の罪を晴らそうと、ティッシュや家族が力を合わせる。それぞれがそれぞれの想いで出来ることをする。中でもティッシュの母親がプエルトリコにいる被害者(ファニーを加害者だと思っている女性)に会いにいく場面は、母親の汚れのない無垢な愛を感じる。精神的な部分では、男性よりも女性のほうがひと回りもふた回りも強いと改めて感じた。

この作品は2018年に『ビール・ストリートの恋人たち』というタイトルで映画化されたようで、こちらも観てみたい。監督が原作にいたく感動したそう。黒人運動家でもあるボールドウィン氏がどのような想いでこの小説を書いたのか、差別と偏見がはびこるアメリカで叫び続けても、今でもなお届いていない人もいる。少しずつでも変わっているのだろうか。今でもなお読み継がれるべき傑作である。

 

『酔いどれ草の仲買人』ジョン・バース 野崎孝/訳

2021.1.2読了

バース氏は、ピンチョン氏と並ぶとよく言われているから、読む前は覚悟をしていた。ピンチョン作品は『V.』だけしか読んでいないのだが、私には難解すぎて理解がほとんど出来ず、流し読みのようになってしまったのだ。

おそるおそる読み始めたのだが、これがなかなかのストライク。理屈っぽくて癖のある感じだけど好きな人にはたまらない感じ。歴史上の人物を小説内に上手く蘇らせたフィクションである。ニュートントマス・アクィナスなんかも登場。語り口や物語の雰囲気がセルバンテス著『ドン・キホーテ』によく似ていて喜劇に近い。

童貞で桂冠(けいかん)詩人のエベニーザー・クックを中心とした冒険譚のようなもの。「桂冠詩人」という職業が実際にあることも知らなかったのだが、これはイギリスでは終身年棒が与えられる名誉職だそう。詩人といえば、吟遊詩人が思い浮かぶ。

言葉と知識の渦に巻き込まれてしまい、足掻いても抜け出せなくなるような、そんな読書体験。おもしろいんだけど、長い、長い、長い…。実はこの本のうち8割以上がこの作品の頁で占められているのだ。いつになったら終わりが見えるんだろうと、本の厚みを何度も確かめてしまった。最後は、読み終えたという達成感のほうが強かった。こんな作品を書き上げたバースさんの想像力に恐れの気持ちを抱いた。

 

集に選ばれるだけあって、どの小説も読み応えがあり素晴らしい作品だった。これだけの巨匠が勢揃いだが私は3人とも初読みである。どの作家も、他の作品を読みたいと思わせてくれた。出逢えて感謝、そして幸せに思う。それにしても、アメリカ文学にこれだけ夢中になっている自分を10年前は想像していなかったよなぁ。

ういった箱入の文学全集を手にするのは久しぶりだ。全集としては、河出書房(池澤夏樹さん編集)の全集を海外・日本と数冊読んだぶりかな。それにしても、分厚くてずっしり重い。先日下記(id:doukanaさん)のブログに紹介されていてめちゃめちゃ興味を持っていた。いかんせん、持ち運ぶのにおっくうなので年末年始に読もうと決めていた。読むときも、スマホ肘ならぬ本肘になりそうで、机に置いて読むしかない。

schlossbaerental.hatenablog.com

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んな立派な全集は今ではあまり見ない。山本容子さんのイラストも素晴らしく、なんと本の天にも鳥の模様が描かれている。所有しているだけでニヤニヤしてしまう。巻末に付いている著者紹介や年譜、アメリカ文学史の年表もとてもわかりやすい。

初は中古でも何でもいいからまとめて大人買いしようかなと思ったのだけど、それだと読まないままで終わりそうな気がして、やっぱり1冊づつのんびり揃えてみようと。いくら優れた本でも本は読まれてなんぼのものじゃい!との持論。でもこれだけ素敵な本だと蒐集したい気持ちもよーくわかるなぁ。

 

令和3年明けましたが、今年も皆さまにとって素晴らしい本との出会いがたくさんありますように。