書に耽る猿たち

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『オリーヴ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト/誰の日常にもドラマがある

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『オリーヴ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト 小川高義/訳 ★

ハヤカワepi文庫 2021.1.6読了

 

日こうして本を読んでいると、自分の好みの本は数頁読んでわかるものだ。私が大事にしている「読み心地の良さ」があり、読んでいる時間そのものが宝物のような瞬間になる。『オリーヴ・キタリッジの生活』は、私にとってそんなふうに思える小説だった。

メリカ北東部、海のそばのクロズビーという町(架空の町)で、夫のヘンリーと暮らすオリーヴの日常を描いた連作短編集である。大きな事件が起きるわけではなく、クロズビーに住む様々な人々の暮らしが物語を作っている。1人1人の人生そのものにストーリーがある。決して著名人でなくても、誰にでもドラマがある。人間の心理描写と時の経過の移ろいを見事に描いた美しい作品だ。

説のタイトルにもあるオリーヴ・キタリッジは主人公であるけれど、物語全体としてみると主張し過ぎていない。どの短編にも出てくるのだが、主役であることもあればひっそりと名前が出てくるだけの時もある。それでもオリーヴの息づかいがどこからか感じられる。

潮風が鼻の奥まで届く。白い花をつけて茂るハナマスを見ると、なんとなく複雑だった。おとなしそうな白い花に、悲しいほどの無知がひそんでいるような気がした。(55頁)

おとなしそうな白い花に対比する吹き荒ぶ潮風。そして「悲しいほどの無知」がひそんでいるという擬人化表現が美しい。

このごろは夫婦でいることが楽しい。たとえて言えば、結婚とは手の込んだ食事のようなものであって、いまは素敵なデザートの時間にさしかかったというところなのだ。(209頁)

老齢になる夫婦の想いはそれぞれだろうが、年を取るのも悪いことではない。そんな風に思わせてくれる。この作品の良さが本当にわかるのは、特に中高年の方だと思う。

日、書店で素敵な装丁の『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』という本が平積みされていた。思わず手にしたのだが、「ふたたび」っていうことは前作もあるのかなと調べたところ、この『オリーヴ・キタリッジの生活』がハヤカワepi文庫に収められていることを知り、しかもピュリッツァー賞を受賞しているという。

まで知らなかった作家さんだが、好みの文体でお気に入りになった。作品はそんなに多くなさそうなので、全て読もうと思う。カズオ・イシグロさんやポール・オースターさんの作品が好きな方にはストライクだと思うので是非。