書に耽る猿たち

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『黒革の手帖』松本清張/銀座と悪女、そして孤独

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黒革の手帖』上下 松本清張

新潮文庫 2021.1.13読了

 

しかしたら以前読んだことがあるかもしれない…と思いつつも手を出してしまった。先日、武井咲さん主演の『黒革の手帖 拐帯行』がテレビで特別編として放映されており思わず見入ってしまう。といっても、ドラマよりもむしろ武井咲さんの美貌に釘付けになったのだ。結婚してお子様も産んだ武井さんは、強さも秘めたようで、色香が漂うさらに素敵な大人の女性になった。彼女のドレス姿に、着物姿に、美しいなぁとただうっとりする。

行行員だった原口元子は、預金係という立場を利用して多額の横領をしそのお金で銀座でバーを持つ。その時点ですでに悪事であるのだが、以降も元子は野心を掲げ数々の男性らを騙し銀座の夜の悪女へとのし上がっていく。

子は何かに憑かれたかのように才智を発揮させる。夜の街に潜む大物たちの弱みに漬け込む。読んでいて、元子は何がしたいのだろうか、何を目指しているのだろうかと疑問にも思う。最終的に銀座で1番のバーのママになったとしたら満足できるのだろうか。元子が騙すのは男性だけではない。同じ女性をも陥れる。すがるもの、安心できるもの、癒されるものがなく、元子は孤独である。

くぞくとした仄暗い臨場感は松本清張さんならでは。久しぶりに読んで、やっぱり昭和の鬼才だなと改めて思った。淡々とした語り口の中に、現代にも通じる銀行横領、裏口入学斡旋など社会の疑惑を問いかける。それを東京の一等地銀座という風俗の場であぶり出すことで読み応えのあるミステリになる。

人だらけの登場人物だが、結局世の中は善人だけでは成り立つはずもなく、、というか誰の心にも悪の心は秘めているもの。だから、元子や他の登場人物を応援するようなしないような、複雑な心境になる。この後元子はどうなってしまうのか。

じく銀行員の横領を扱ったものとしては角田光代さんの『八日目の蝉』が思い浮かぶが、あれは1人の男性へのめり込む色恋沙汰だった。この元子は違う。自分の栄光のために、他者を排除し自己のために悪女になる。著者が男性だということも大きいだろうか。

ラマの特別編として観た『拐帯行』は、実は『黒革の手帳』とは関係がなく松本清張氏の短編小説のひとつである。これをテレビの脚本家がアレンジした。松本清張さんの作品は何度も何度も映像化されているからか、原作を読んだか記憶があいまいなことが多い。たぶん私が読んだのは『わるいやつら』だった気がする。