書に耽る猿たち

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『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓/ひとりの人間としての栗城劇場

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『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓

集英社 2021.1.20読了

 

3年前に、ある日本人登山家がエベレストで亡くなった。そのニュースはよく憶えている。なぜなら、その登山家は指を9本失くしていたから。登山中に亡くなったことよりも、指を9本切断しているにも関わらずどうやって山に登ったのか?生活することすら困難なのに、山に登るとはどういうことか?と思った。その登山家の名前は栗城史多(くりきのぶかず)、8回目のエベレスト挑戦時に滑落により死亡した。

年の開高健ノンフィクション賞受賞作ということでこの本の存在を知った。あ、あの登山家の話だ!と興味を持つ。普段そんなにテレビを観ないほうなのだが、何度か栗城さんの特集が放映されていたのは知っていた。登山中の動画を自ら撮りネットで公開したことでも話題になった方だ。山を舞台にしたエンターテイナー。

イトルにある「デス・ゾーン」とは、酸素が地上の三分の一しかない「死の領域」を表す登山用語だ。標高8,000mを超えると酸素ボンベなしには人間は死にいたる。何故、栗城さんはデス・ゾーンに行きたかったのか。何が彼を駆り立てたのか。彼の35歳という短い生涯をドラマチックに描いたノンフィクションで、とてもおもしろく読めた。

城さんは何をするにも恐れ知らず、勇気がある、夢を持ちつづける、そしてしつこい(いい意味で)。知人からの言葉「向き不向きよりも前向き」は、身を引き締める思いになる。会社で「私はこの仕事に向いてない」といつもぶつくさ言う人がいる。確かに向き不向きはあるかもしれないが、「前向き」や「やる気」に勝るものはないと思った。

者である河野さんのすごいところは、栗城さんを英雄扱いしないこと、素晴らしい人間だと書いていないところだ。むしろ、目に余る態度を批判していることのほうが多い。おいおい、ここまで話して大丈夫なのか?と思ってしまうほど。正直、読んでいる途中までは、栗城さんはただの目立ちたがり屋の無謀な男性というイメージで、違和感と言うかしっくりこない想いがくすぶっていた。

も、これは「登山家栗城史多」を著したものではなく「ひとりの人間としての栗城史多」の物語なのだ。登山というイメージを覆したこと、それは登山に限らず凝り固まったイメージを払拭するために大事なことだと思う。彼はたまたま登山家だったというだけで、どんな仕事をしていても、何をしていたとしても必ず人を熱くさせる夢を持った漢だったのだ。最後まで読むと、やはり山に登ることしかできなかったのかなぁとも思えてしまうが…。

後のエベレスト登頂ルートに選んだのは、南西側(ネパール側)ルート。これは無謀な挑戦らしい。あくまでも著者の想像ではあるのだが、南西側を選んだのは、夢枕獏さん原作『神々の山嶺(いただき)』からではないかと言う。ちょうど映画にもなった頃。南西壁を冬期単独無酸素で登山した方を描いたストーリーだそうだ。夢枕さんの作品は『陰陽師』しか読んだことがない。この小説に俄然興味を持った。

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