書に耽る猿たち

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『推し、燃ゆ』宇佐見りん|若い才能花開け|本を自分で選ぶ楽しさ

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『推し、燃ゆ』宇佐見りん

河出書房新社 2021.1.29読了

 

1月20日芥川賞受賞作が発表されてからしばらくは書店から姿を消していた。ノミネート時から有力候補となっていた宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』である。宇佐見さんについては、デビュー作『かか』を書店でパラパラ見たときに、なんだか人とは違う文章を書く子だなと思っていた。

女の本をいつかは読みたいという軽い気持ちだったのだが、早くも読んだ。いつもなら受賞半年くらい経ってから気になれば読む感じの芥川賞直木賞だが、ネットニュースで、平野啓一郎さんや島田雅彦さんが推していたから、これはすぐにでも読むしかないと。

だからこそ、書き得た小説だ。10年前なら生まれなかったし、10年後ならおそらく生まれ得ないだろう作品。「推し」という言葉すら昔はなかった。「推しメン」という言葉が流行り出して定着したのは、AKB48が世に出てからだろうか。「誰推し?」なんて言葉を口にするようになったのはいつからだろう。

ずタイトルがいい。「推し」は今風なのに「燃ゆ」は古典のようで、対比が見事だ。主人公あかりは、あるアイドルグループに所属する上野真幸(まさき)を推している。彼の動きの全てに「推しがテレビに出た」など、名前でなく「推し」という言葉で表現している。推しが背骨であると言うように、推しイコール自分の身体の根幹であるあかり。

女が成長する過程で通り抜ける登竜門と言ってもいいジャニーズや、ビジュアル系バンドに私も一時期ハマっていた。だから、主人公あかりの気持ちや行動はよくわかる。もう、その人が全てになってしまう、一方通行のファン心理。ファン同士でわいわいしているだけで楽しい。でも、あかりは少し違う。

かれた内容が現代を反映しているから話題になっている。推し、SNSTwitter、ブログ、YouTube、そんな言葉やネット用語が飛び交う。しかし、彼女が書く文体は弾けそうなほど若々しく熱がこもっていて、この才能もまた尊い。現役大学生である彼女が描く、ある高校生の生きる形。これも21歳の宇佐見さんだから書けたもの。

れでも、私は推しにハマる30代、40代のオタクの姿を読んでみたい。もっともっとエグイ、奥が深いモノが渦巻いていると思うから。若いあかりにはないものを良くも悪くも読者としては欲してしまう。

れにしても、芥川賞直木賞本屋大賞をはじめとした有名な賞を取った瞬間、多くの人がその作品に群がるよなぁ。紙の本がなくなるかも、という危機がまるで嘘のように。本当は、自分で本を選ぶことが楽しいと伝えたい。みんなが好きな本、話題になっている本、有名な本だけが全てじゃない。例え話題作でなくても、自分だけがピンとくる本が絶対にある。それを見つけた時の喜びを感じて欲しい。

まりにも芥川賞を強調した帯で、イラストレーター・ダイスケリチャードさんのジャケットの絵が埋もれてしまっているから、もう一度。

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リチャードさんのイラスト、色んなところで見かける。彼もまだ若い。若さはそれだけでエネルギーに満ち満ちている。