書に耽る猿たち

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『1984年に生まれて』郝景芳|哲学的かつ文学的な自伝体小説

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1984年に生まれて』郝景芳(ハオ・ジンファン) 櫻庭ゆみ子/訳 ★★

中央公論新社 2021.2.9読了

 

し前にジョージ・オーウェル著『一九八四年』を読んだのは、本作を読むための事前準備行為としてだった。オマージュ作品とも言えるようだし、さすがに先に読んだ方がいいかと。しかしこれが『一九八四年』にどハマりしてしまったのだ。さすが、20世紀文学の大作!と叫んでしまった(心の中で)。その興奮もようやく落ち着いて冷静になったので、郝景芳さんの『1984年に生まれて』を読んだ。

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さんは中国の女性作家で、実際に1984年生まれの方だ。この本は「自伝体小説」と著者が謳っているように、ノンフィクションとフィクションを交えたようなストーリーになっている。0で始まる章がいくつかあり、それが全体の中で不思議な存在感をもたらす。私にはSF要素はあまり感じられず、ひたすら哲学的かつ文学的でかなり好みの作品だった。

国の近代歴史に触れながらも、産まれた1984年を軸として語られる話が興味深い。主人公軽雲は30歳になる今、望み通りの自由を手に入れようともがき続ける。自分の出生、両親や祖父母、友人らの人生などについてありとあらゆる事実と想像とふくらませ、読者にひたすら語りかける。

ーウェル氏の『一九八四年』を読んでいてもいなくても、小説として抜群に楽しめると思う。『一九八四年』でウィンストンがビッグ・ブラザーという独裁者率いる党に監視されていたように、「カレラハオマエヲミテイル」と誰かに監視されているように感じる軽雲。さて、それは一体…。

私の観察によると、行動力にとって最も肝要な部分は行動しながら考えること。アウトラインがすべて固まる前に第一歩を踏み出すことだ。(52頁)

れは主人公「私」が将来を決める時に考えている箇所だが、ここを読んで私も妙に納得した。全て決めて行動に入ろうとすると、デメリットやリスクが見つかり、それを恐れて行動できないのだ。これは歳を取るごとにそうなると思う。でも、もしかしたら反対されてもリスクがあっても進むのが本来の行動力なのかもしれない。親に猛反対されて駆け落ちするカップルの話さながら。

み終わるとこの小説の構成に感銘を受けた。しかしそれよりも私は、生きた中国を、その景色を、登場人物の心理を、著者が生きた言葉で表現していることにただただ興奮した。絶え間ない読書の醍醐味を味わえる。郝景芳さん、おそるべき作家だと思う。白水社から彼女の短編集が刊行されているようなので読みたい。『折り畳み北京』がすごく評判が良いので気になる。

国人作家の本は、ここ数年では劉慈欣さんの『三体』、陳浩基さんの『13・67』を読んだくらいだろうか。昔ノーベル文学賞を受賞した莫言さんの本を読んだがほとんど理解出来なかった記憶がある。女性が書いたものはかなり久々だ。前から気になっている残雪さんの作品、そろそろ読もうかなぁ。小説に限らないが、日本でも世界でも最近の女性の活躍は本当に目覚ましいものがある。