書に耽る猿たち

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『春琴抄』谷崎潤一郎|春琴と佐助にしか見えないもの

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春琴抄谷崎潤一郎 ★

新潮文庫 2021.2.16読了

 

は見逃してしまったが、NHKの番組『100分de名著』で島田雅彦さんが『春琴抄』を解説したらしい。谷崎さんの作品では5本の指に入るほど有名な作品だが私はいまに至るまで未読だった。

じような出だしの小説をどこかで読んだような…。お墓参りのシーンから始まるのである。今は亡き春琴のお墓を探す語り手。もしかしたら過去に読んだことがあったのか、はたまた何かテレビで取り上げられていたのを観たのかしら。そんなことを思いながら、谷崎さんの文章にしばし浸かる。

目の春琴と弟子である奉公人佐助との師弟愛、ということは知識としてあったのだが、読んでみるとただならぬこの複雑な関係性に人間の凄みをみた。これは悲劇ではなく、むしろ2人の深い愛に満ちた幸福な物語だと思う。2人だけにしかわからないこの関係を他の誰が分かり得ようか。

初の春琴のあまりにもサディスティックな振る舞いに目を見張る。それに耐える佐助の、師匠春琴への愛と畏敬の念に、理解しがたい怖れに近いものを感じる。盲目になったら不幸なわけではない。不便さはあるがそれよりも、見えていた世界が見えなくなって初めて、今まで気付かなかった物事(大事なもの)が見えてくる。私たちはひょっとすると、目に見えるだけで些細な問題に時間を無駄に費やしてしまっているのではないか。

読点が少なく長ったらしい文章なのに、決して読みづらいわけでもない。むしろ美しいし読みやすくすら感じる。そして、どうしてだか文章が色っぽい。私には作品の内容と同じくらい艶めいた文体に魅かれる。句点がないのは、慣れてしまえばそんなに苦ではないけれども、日本語を習得したばかりの外国人がこの小説を読むのは文法的に相当難しそうだ。

説自体は文庫本で90頁ほどで短いのだが、頁にびっしりと埋まった文字を見ていると目眩がする人もいるだろう。一文が長く改行も少ないため文字の渦に巻き込まれる。私は活字中毒を自覚しているから大歓迎なのだけど、見えている文字に幸福感を覚えるのは春琴と佐助からするとちょっと違うのかもしれない…。

れにしても、やはり谷崎文学は圧倒的な存在感をもって私にのしかかる。『細雪』と並んでこの『春琴抄』は大切な作品となった。

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