書に耽る猿たち

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『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子|飽かず哀し

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『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子

日本経済新聞出版 2021.2.23読了

 

原業平は歌人であるが、その美しい容姿から多くの女性を虜にした平安時代のプレイボーイというイメージがある。『伊勢物語』は在原業平が主人公と言われているが、それが本当かどうかも作者すらも不明だ。こういった作者不詳な古典というものは想像力を掻き立てられるし、謎がまた良いものだ。

樹のぶ子さんは、伊勢物語を小説として書き上げた。高校の古文の授業や入試問題でたびたびお目にかかる伊勢物語は、古典のなかでは物語性があるため比較的読みやすかった記憶があるが、この小説版は相当読みやすい。現代文の中に和歌を蘇らせ、なおかつ平安朝の雰囲気も醸し出されている。さすが髙樹さんの腕にかかるとこうなるのか。

歌って美しい…と、しみじみと感じ入る。歌や詩を読むことは滅多にない(作るという意味での詠むことはまずない)けれど、その良さが少しだけ理解できた気がする。日本独自の和歌という文化。この美しさ、凛々しさ、儚さは日本古来の言語ならではだ。

っとするような文章に出会った時や自分が好きな作家の文章は、一度読むだけでは足りず何度も読み直す(その場で二度読みする意)が、普通は一読するだけで終わる。日本語として書かれた文章だからたいていは意味がわかるからだ。しかし歌はそうはいかない。短い言葉の中にどんな意味があるかを読み取るのに少なくとも2回、3回は読む。すぐ横には解説文があり、それを読むとやはり自分はまだまだ和歌を読み取れないと反省するのだが、これもまた楽しいひと時なのだ。

た目の麗しさもさることながら女性の扱いにも慣れている業平だけれど、やはり一番人を魅了したのは彼の作る恋歌だったのだろうと思う。平安時代には、夜、暗い中でだけ会い相手の顔も知らずという場合も多かったはずだ。

の作品では業平15歳の「初冠(ういこうぶり)」から50代後半の「つひにゆく」までの章で構成されている。歌に始まり歌に終わる。業平は常に「飽かず哀し」の気持ちを心に抱く。

「私は、飽かず哀し、の情を尊く存じます。叶わぬことへのひたすらな思いこそ、生在る限り、逃れること叶わぬ人の実情でありましょう…飽くほどに手に入れようといたしましても、それは歌の心には叶いませぬ」(432頁)

代では思いの丈はメールやLINEですぐに相手に送ることができる。でも果たしてそれが良いものなのか。平安時代には、歌を詠みそれを遣いの者に送らせた。相手を想い時間をかけて作る和歌や手紙。それを作り筆でしたためている時間、読んでくれているかと想い巡らせる時間、そして返事を待つ時間、そういった時間そのものがなんとかけがえのないものだろうか。

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