書に耽る猿たち

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『喜嶋先生の静かな世界』森博嗣|研究者の幸せな時間

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『喜嶋先生の静かな世界』森博嗣

講談社文庫 2021.2.27読了

 

博嗣先生(何故だか先生と呼びたくなるし、そのほうが合っていると思うのだ)の本を読むのは久しぶりだ。小説に夢中になり始めた頃にほとんどの人が通るのが森先生の作品群ではないだろうか。膨大な著作があるので全てを読んではいないが、私も昔「S&Mシリーズ」や「Gシリーズ」を読み漁った。

んな森先生の自伝的小説と言われているのが本作である(森先生というと喜嶋先生と混同するのでここから先は森さんにする)。理系の橋場くん(おそらく森さん本人のこと)が大学院で喜嶋先生という(その後恩師となる)先生に出会い一緒に学びあったことを、大人になった僕(橋場くん)が回想するという形で書かれている。

さい頃から文系ではなく理系だった橋場くんは、子供の頃から非常に頭の良い子だったんだなぁと思った。文系が苦手なため偏った成績だったようだが、文字通りのテストで高い点数が取れるといった頭の良さではなく、世間をうまく渡り歩く処世術のようなものを子供の頃から自然と身に付けていた。

学院で研究生となった橋場くんは喜嶋先生の教えの元研究をすすめる。私はこの喜嶋先生がもっともっと上の人かと思っていたのだが、橋場くんと10歳ほどしか変わらないという。それでも学生や院生からしたら随分と上に感じるのかもしれない。喜嶋先生だけではなく、森本教授や中村さん、清水スピカや櫻居さんといった登場人物も愛すべき存在である。

から見ても喜嶋先生がとても立派な方というわけではない。どちらかというと研究一色で地味、一風変わった方である。しかし先生と一緒にいるうちに彼の研究への熱心さ、一途さがわかるようになる。気楽で自由な研究生活をする喜嶋先生を尊敬し憧れるようになる。そして喜嶋先生の「静かな世界」という意味がわかってくる。

嶋先生から初めに教わったのは「自分の興味対象に関係する論文を自分で探してくる」こと。子供の頃には目の前にあるものをこなせばよかったのだが、それはいかに簡単なことだったのかと気付く。これは会社における仕事でも言えることだ。ただ与えられた仕事を淡々とこなすだけでは自分のスキルは上がらず、むしろ能力が落ちてしまうだろう。「取り組むべき課題を見付ける」そのことがすでに難しいことだが、それをやり続ける人がどんどん成長するのだ。

学院に進まずに就職した清水スピカは、年に何回か橋場くんの元にやってくる。ある夜のスピカとの会話がとても良い。なんだか泣けてきそうなほど。小説自体も静かにゆっくりとマイペースで進む(森さんの文章もとても読みやすい)のだが、最後はあれ!という森博嗣節のような展開に・・・!?

さくっとポップで読みやすい、それでいて学ぶということ、大人になるということを静かに優しく教えてくれる作品である。