書に耽る猿たち

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『ふたりぐらし』桜木紫乃|他人と生活を共にする

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『ふたりぐらし』桜木紫乃

新潮文庫 2021.3.31読了

 

店の文庫本新刊コーナーに並んでいるのを見てつい買ってしまった。桜木紫乃さんといえば、去年刊行された『家族じまい』がそういえば気になっていたのだった。最近は家族をテーマにした作品を書くことが多いのだろうか。

護婦である35歳の紗弓と、40歳元映写技師で定職につかない信好は夫婦2人暮らし。そのささやかな日常を、2人が交互に語るというスタイルの連作短編の形を取っている。恋人と夫婦の違いってなんだろう、一緒に住むってどういうことだろう。境遇は異なるが私も夫婦2人暮らしなので、時には共感したり自分ならどうするかな、など考えながら読んだ。

お母さんは義理を欠いたと言うけれどね、それは彼女の価値観だから、家庭を持った娘と考え方が食い違うのは仕方ないことだと思うんだ。常識と感受性の間で悩むことも、大人として生きていく上では大切だからね。(63頁)

の紗弓の父親の言葉がすんなりと腑に落ちる。赤の他人同士がともに生活するということは、本当はすごく難しくてやっかいなこと。生まれ育った家庭のルールや独自のこだわりがどんな家にもあるから。それが損なわれれば多少なりとも相手に我慢したり譲り合ったりしなくてはならない。

緒に暮らすということは、その気持ちに折り合いをつけ、少しずつお互いが歩み寄っていくこと。そうなると、自分が元いた家庭(実家)の価値観とは逆に合わなくなることもある。それは仕方のないことであり、それが新しい家庭を作るとことなんだと。

2人の隣家には高齢夫婦が住む。奥様のタキと仲良くなった紗弓。タキは笑いながらこんなことを言う。

「年を取れば、どんな諍いも娯楽になっちゃうんだから」(268頁)

年寄り添った夫婦だからこそ出てくる台詞だろう。この年齢まで一緒にいられたのなら、なんでも笑いになってしまうんだなと。タキたち夫婦のようになるには、きっと何百回と大喧嘩をしたに違いない。

木さんの小説を読むのは、直木賞受賞作『ホテルローヤル』以来である。流れるような文章は淀みがない。通勤途中でも読みやすく、時にはほっこりする、ほどよい小説だった。そうそう、通勤といえば、朝の電車に乗る人が最近とみに増えている。感染がまた爆発しそうで本当に不安になる。