書に耽る猿たち

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『奥のほそ道』リチャード・フラナガン|戦争の英雄と言われても

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『奥のほそ道』リチャード・フラナガン 渡辺佐智江/訳

白水社 2021.4.13読了

 

は旅行でタイに2回訪れたことがある。2回めに行った時、バンコクの郊外・カンチャナブリのオプショナルツアーに参加した。このツアーは、映画『戦場に架ける橋』の舞台となった鉄橋の見学、泰緬(たいめん)鉄道に乗車、象に乗ってトラッキングするというものだ。せっかく行くならと『戦場に架ける橋』をDVDで借りて予習して行ったので、ツアー自体の体験を鮮明に覚えている。

故こんな話をしたかというと、この『奥のほそ道』という小説は、泰緬鉄道のことが書かれているのだ。太平洋戦争中に作られたタイ南東部からミャンマー(旧ビルマ)北西にかけて約400キロに及ぶ単線の軍用鉄道である。これを作ったのはなんと日本軍である。インド方面への作戦のために、ビルマ方面への物資輸送の目的で。映画を観たときにも、日本人が指揮を取り、捕虜に強制労働を指図する姿をみてどうにもやるせない気持ちになった。

くのほそ道といえば、松尾芭蕉さんの紀行文、俳句が思い浮かぶ。実際に頁を捲ると本文に入る前に芭蕉の俳句が書かれていた。各章ごとに芭蕉小林一茶の句があり、日本の古典文学が章のタイトルになっているようだ。

説自体、なんだか浮遊しているような、詩のような美しい余韻が残る。戦争という重いテーマを描いているのにも関わらずである。美しい句が織り込まれているからなのか、気品さえ感じる。先日髙樹のぶ子著『小説伊勢物語 業平』を読んだときにも感じたが、日本の和歌はやはり美しい。これは世界共通だ。

ラナガンさんの父親は、泰緬鉄道から生還したオーストラリア兵の1人だそう。ドリゴ・エヴァンズという男性を父親に見立てて主人公にしている。ドリゴは戦争の英雄として皆から敬意を払われているが、本人はどこか虚無を感じている。ドリゴ以外にも何人かの人物を視点にし、話が幾層にも重なる。決して誰かを責めることもなく、寄り添いながら。

地で指揮をとっていたナカムラが、身体に不調をきたし日本で晩年を過ごす頃、自分の中に善人の心があったと気付く。この場面を読み、戦争そのものが人を人ではないものへと変えてしまうのだと改めて感じた。戦争とは、一体何なのか。誰がどう得をするのか。

ーストラリアの偉大な作家リチャード・フラナガンさんによるこの小説は2014年にブッカー賞を受賞している。戦争を背景にして、恋愛と生きる意味が壮大に描かれている。著者の母国であるオーストラリア人の次に読まなくてはいけないのは、日本人だと思う。