『生ける屍の死』上下 山口雅也
光文社文庫 2021.4.26読了
この作品は、1989年に刊行された山口雅也さんのデビュー作である。同年のこのミス(宝島社 このミステリーがすごい!)第8位、2018年に30年間の作品の中から選ぶこのミスで、キングオブキングス第1位に選ばれた。この本の存在は知っていたが手に取る機会が今までなく、この度ようやく読了。光文社文庫の本は改訂版として刊行されたものだ。
日本人作家の作品なのに、舞台はアメリカの片田舎、登場人物の名前ももちろんカタカナのアメリカ名で、たくさん出てくる人物たち…。なんとも意表を突かれたというか、読み初めはついて行くのにやっとであった。本格ミステリと謳われているのだが、私にはどうにもコメディタッチの作品に思えてしまった。
それもそのはず、「生ける屍」が出てくるのだ。つまり、肉体は死んでいるのに精神が生きている状態。臨床的には死を意味しているのに、その死人が動き回る。舞台がアメリカだからか、さながらホラーコメディTVを観ているような。現実感のない幽霊てんこ盛りの京極堂シリーズを読んでも喜劇には思えないのにどうしてだろう。
マイケル・ジャクソンの『スリラー』のPVのように、墓場からゾンビがうようよと出てくるようなわけではない。見た目はいたって普通の人間だからより厄介である。でも、さっきも言った通り読んでいて怖さは全く感じずコミカルだ。
エンバーミングとは、遺体を消毒・保存処理し、修復することで長期保存を可能にすることである。つまり、遺体に防腐剤を入れ化粧を施し、死後1週間余りの間は近親者のお別れの儀式のために生前と同じようにする。北米では元々土葬が一般的な方法(キリスト教の死生観から)であるため、エンバーミング技師という資格もあるようだ。
スピーディーな展開とアメリカンロックなテイストから派手な印象を受けるが、「死」の概念についてはひとしきり考えさせられる作品だった。何をもって「死」となすのか、死者も思考するのか、そして死に対して「生」とは一体何なのか。著者の山口さんも小さい頃から考えていたことで、主人公グリンの考え方に投影させている。
この作品はミステリ好きの中でもコアなファンが好みそうだ。ミステリを味わうことが大前提だが、音楽、映画、海外ミステリのネタがふんだんに散りばめられており、それを発見することに喜びを見出せそうだ。