書に耽る猿たち

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『破戒』島崎藤村|隠し続けるか苦悩する

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『破戒』島崎藤村

新潮文庫 2021.4.29読了

 

日読んだ『約束の地』のまえがきでバラク・オバマさんが述べていたように、私も巻末の注釈が大嫌いである。振ってある小さな数字も煩わしいし、後ろの頁をめくり該当の単語を探すもの煩わしい。何よりも本文から中断することが嫌。だから明治の文豪の作品に手を出すのは億劫になる。そんな理由で藤村さんの小説も読んでいなかったのだと思う。

崎藤村さんといえば『若菜集』という歌集が有名で、高校生の時に国語の授業で習った『初恋』の「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」という出だしは今でも諳んじられるほど。

時の現国の先生は文学狂いだったなぁと思い出す。文章一つ一つに思い入れがあったし、色々な文豪の話をよくしていた。私も国語の先生になれば良かったなと思う今日この頃だ。言葉や文章に触れられ、好きなものを子供たちに教えられる、なんて素敵な職業だろう。

て、藤村の『破戒』は部落問題を扱った作品である。今でこそ部落・同和問題は聞き慣れない人も多いだろう。被差別部落(穢多町)出身の瀬川丑松(うしまつ)は小学校の教師である。江戸時代の身分制度として「士農工商」のあとに続く「えた(穢多)・ひにん(非人)」のえたである。

松は、父親の「隠せ」という言いつけ通りに出自を隠して生きていた。しかし、同じ境遇であり師匠である猪子蓮太郎に影響されたことで心境が変化していく。

自の秘密を話してしまいたいという苦しい胸の内を丑松は絶えず抱く。この作品の中でも、自己の苦悩と動揺について書かれた部分が大半を占めている。吐き出したいけど吐き出せないモヤモヤしたもどかしい気持ち。誰にだって秘密を(それも悪い方の)話し楽になりたいという気持ちを抱いたことはあるはず。

んな気持ちを丑松は吐き出す。父親の戒めを破る、破戒したのだ。丑松は重荷を下ろしたようでいっそ清々しい。それでも社会的な目はやはり悲惨なものがある。告白したあとの生徒たちの反応や親友である銀之助の行動、そしてお志保の想いには救われる。

の作品は藤村が自費出版したもので、夏目漱石氏が大絶賛したようだ。同じ時代を生きたということもあり、漂う雰囲気や使われる単語や文章が漱石作品に近いように思う。現代の小説に比べてしまうと古めかしい印象で、誰もが好む作品ではないと思うが、私としては読んで満足だ。大作『夜明け前』も読みたいと思っている。ちなみに、巻末の膨大な注釈は3つしか参照しなかった。余程気になるものだけ調べれば充分だ。