『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子
新潮文庫 2021.5.2読了
大好きな川上未映子さんの文庫本新刊である。川上さんの本は毎年1冊は読んでいると思っていたのに、去年は読んでいなかったみたいだ。『夏物語』では毎日出版文化賞を受賞され、海外でも多くの言語で翻訳されている。
この本は表題作を含めた4つの作品が収録されている短編集である。川上さんの短編を読むのは実は初めてだ。どれも美しく、そして儚かった。短編でもその文体は損なわれず、やはり川上さんが書くものは腑に落ちる。個人的に心に残ったのは下記2作品だ。
『彼女と彼女の記憶について』
ひとつめの短編である。芸能人になった「私」は、かつて中学時代を過ごした田舎の同窓会に出席する。友達すら思い浮かばないというのに、自分がそこでどんな振る舞いをするかわかっているのに行くのだ。たぶん、自分を認めてもらいたかったんだろう。まやかしの芸能人という仮面を捨てて素の自分を探しに。
思いもよらない展開に鳥肌が立つようにざわざわした。そこで明かされる真実には(いや、真実かどうかは記憶の曖昧さのせいで想像でしかないのだが)、ある種恐怖すら覚える。この短さなのに上手い。
『ウィステリアと三人の女たち』
表題作は1番最後に収められていた。何かの雑誌かネットで、川上さん自身がとても思い入れがあると話していたのを読んでいたから気になっていた。
結婚した夫との間に子供が出来ず、不妊治療もしようとするが夫に断られ、いつのまにか38歳になってしまった女性が主人公。斜向かいには、古い大きな家の取り壊しがされていた。老女が住んでいたはずのこの家に、メンタルを病んだ女性は吸い込まれていくかのよう。
ウィステリアはわかる。でも、三人の女っていうのが最初わからなかった。あの人と、彼女と、そうそうあの人か。多分三人であってるよな、って首を少しひねってしまうタイトルなのだ。主人公の女性の荒んだ心が生むミステリアスなファンタジー作品。
文庫本にしては珍しく「解説」や「あとがき」がない。それぞれの解釈は読んだ個人に委ねられている。元々女性の読者が多い川上さんだが、この本はより一層女性が好みそうだし、川上さんと年代が近い人は特に吸い寄せられるだろう。実は同性愛小説。綺麗で尊い。女性独特の闇と寂しさ、ひたむきさなど複雑な心理を絶妙な筆致で描いている。